NotNoName

Open App

イルカを見ていたはずだった。目線の先には誰かの手。
それを必死に掴んでぼくは引き上げられた。

小学生だった頃に家族と行った水族館。
イルカショー用のプールにぼくは頭から落ちた。

ショーの後半。子どもたちとイルカが触れ合うコーナー。
ぼくは横一列の端に押しやられてなかなか触れずにいた。

どうしても触りたい。端から中央にいるイルカの方へ
前のめりに腕を伸ばすとその勢いで体が地上から消えた。

冷たさを感じたその直後に目の前に手が見えたので
反射的に掴むと一瞬の内に係員の人に助けられた。

イルカとの共演時間は約5秒。ずぶ濡れの少年が一人。
無事を確認された後で親からコテンパンに叱られた。

だけど咄嗟に手を掴んだことだけは褒められていた。
それがなんとなく嬉しかったことを強く憶えている。

ここまで記憶を辿りながら書き出していってみたけれど
ひとつ重大な事実を見逃していたことに今気が付いた。

結局ぼく、お金を払っておじさんにしか触れていない。

7/20/2024, 7:01:32 AM