楽園
積み上がったビニール袋。
ボロボロと剥がれる鞄。
広告の詰まったドアポスト。
賞味期限の切れた菓子パン。
いつ開けたか不明なペットボトル。
裏面がカビた布団。
窓から逃げない異臭。
日に焼けたカーテン。
穴が空いた寝巻き。
お目見えしない服。
引っかかる爪先。
足が6本や8本の同居人。
これが、ボクの。
(2023.4.30)
風に乗って
子どもの頃からずっと使っている学習机の、開かずの間である引き出しを二十年ぶりに開けた。
くたびれた封筒を取り出す。
今よりもよっぽど下手くそな字。それでも当時の最高傑作だった想いの丈は、何枚もの便箋を犠牲にして生み出された代物だ。
連れ添ったまま庭に出て、青い青い空を見上げる。
初夏の風が穏やかに、乾いた頬を撫でた。
この季節が好きだと言った、あの人。
目線を落とし、用意していたライターに火を灯す。
近づけた縁辺からみるみるうちに手紙は焦げ、逝った。
先生。
風の便りに、あなたが亡くなったと聞きました。
孤独だった私を唯一、見捨てずにいた、人。
今さらながらの私の遺灰は、あなたの下まで届くでしょうか。
(2023.4.30)
生きる意味
「ただいまぁー……」
「おかえり。おぉー、今日も相変わらず疲れてるね」
「もぉさー、またあのクソ上司の理不尽な嫌味が凄いんだもん‼︎ 意味わかんない変なクレーマーにも絡まれるしさー……あーもーほんとに……毎日まいにち仕事仕事仕事‼︎ いずれ定年は七十になるとか言われてるし……はぁーあ、こんなんで生きてる意味あるのかな……」
「よしよし、お疲れさま。とりあえずハグしてあげるからこっちおいで」
「ん……」
「はーい。ぎゅっ」
「はぁ〜〜……」
「落ち着いた?」
「うん……でももっと」
「ははっ、いいよ。いくらだってしてあげる」
君が死を惜しむくらいに。
(2023.4.27)
善悪
予報を裏切った快晴の下、ひらひらと舞い散る桜が綺麗で、意図せずとも笑っていた。
散歩がてらの花見も悪くない。
近所の小さな公園の並木とは言えない数でも、美しいものは美しい。
「嬉しそうだね」
手を繋ぎ、隣りで歩く彼も笑う。
「うん。やっぱり桜はいいよねー、外に出てよかった」
「そっか。——でもさ、そこ見てみなよ」
「ん?」
そこ、と指差された箇所を見やる。
昨日までの雨に打たれて落ちてしまった彩りが、数多の靴底の世話になり、哀れにひしゃげて溜まっていた。
「ああやって踏まれて汚れてさ。そうなるともうゴミみたいに見えるんだよね」
無邪気かつ爽やかに。私に向けたものと変わらぬ顔で、相変わらず彼は笑う。
見方を変えれば、即座に。
それは変わってしまうのだ。
(2023.4.26)