「叶わぬ夢」
母に愛されたかった。
母は姉のことも私のことも愛していなかった。父のことすら愛していなかった。
母が愛したのは、父の長身と学歴とジョン・レノンに似た彫りの深い顔と白い肌だった。
母は背が小さく色黒で歯並びが悪かった。目も鼻も口もお世辞にも整っているとは言えなかった。
母は九州の山奥にある公立高校に落ち、名前を書けば誰でも入れると評判の私立高校を卒業していた。「大学は女だから行かせてもらえなかった」といつも口にしていたけれど、本当かどうかわからない。
私たち姉妹の容姿は父に似ていた。母と一緒にいると、目の大きさや色の白さや長い手足を知らない人にまで褒められた。
小さい頃は母が自慢げにしていたのをよく覚えている。姉妹お揃いの服を着せられ私たちは母と公園をいくつも巡った。でも、いつも母は私たちを見ていなかった。私たちを見ている人たちを見ていた。
私たちは成長するにつれ、欲しいものができた。雑誌だったり可愛いワンピースだったりリカちゃん人形だったりした。
でも、母はことごとく私たちが欲しかったものを拒絶した。時には怒鳴ったり私たちを突き飛ばしたりして私たちが望んだ欲しいものから私たちを遠ざけた。
まるで、私たちがそれらを指をくわえて欲しがるのを見ることを楽しんでいるようだった。
ずっと、母の人生はそうだったのかもしれない。そして私たちの人生もずっとそうだった。
今、歳を取った母は姉や私に介護を望んでいる。
残念ながら、母の最期の希望も「叶わぬ夢」に終わるだろう。
さようなら。
お母さんだったどこかの背が低くて色の黒いみすぼらしいおばあさん。
春日部のショッピングモール、ララガーデンには多種多様な花を売る店がある。
仕事帰りに、買い物のついでに、花の香りに誘われるように私はその店に花を買いに行く。
大学を卒業したばかりの頃、私は当時付き合っていた彼とすぐに結婚するつもりで就職せずカフェでアルバイトを続けていた。
カフェのお客さんや彼から、私はときどき綺麗な花束をもらった。もらう時は嬉しい。心ときめく。相手は私が花を喜ぶと思って私に似合う色とりどりの美しい花を選んでくれているのだから。
でも、私は花束をもらってもそのまま放置したり、気が向いて花瓶に活けても一度きりで水を替えたりしなかった。基本、花に興味がなかったのだ。だから、私は美しい花々もすぐに枯らしてしまった。
醜く枯れていく花を見るのは辛かったし嫌だった。何日も水を替えていない花瓶からは、まるで衰えていく花が発するかのような腐敗臭がした。
あれから何十年も経ち、結局私は当時の彼とは結婚しなかった。そして、誰かから美しい花を贈られることもなくなった。
そして、自身が花の盛りを過ぎてから自分で花を買い求めるようになった。
今日も私は、花を買う。自らが失ってしまった美しさとその香りに誘われるように。