チャレンジ90(すれ違い)
買い物から帰ると、家内が言った。
洗剤、追加で頼んだけど。忘れたの?
聞いてないぞ。スマホを取り出し、家内からのメッセージを読み返す。私が買い物している間に、新たな文章が届いていた。早く読んでおけば、店内で対応できたのに。
注意力がないから、メッセージに気がつかなかったのよ。
責められた。こういう気持ちのすれ違いは、虚しくなる。自分に腹が立つ。私は家内に、何を言えば良いのだろう。
チャレンジ89(秋晴れ)
体育の日の祝日が「スポーツの日」に変わって数年になるが、いまだに慣れない。かつての体育の日は、10月10日だった。60年前の東京オリンピックで開会式が行われた記念日である。気象庁によると「晴れの特異日」で、55%の確率で秋晴れになるという。その計算通り、60年前の開会式は、雲ひとつない青空のもとで、無事に終了した。
今年の10月10日も、気持ちよい秋晴れの地域が多かった。スポーツの日、名前は現状通りで良いから、日にちだけ、10日に戻してもらえないだろうか。秋晴れを満喫できるから。
チャレンジ88(忘れたくても忘れられない)
話しかたに特徴のある人は、印象が強い。忘れたくても忘れられない。昔は、政治家の語り口を真似る芸人がいた。声帯模写という芸だ。大げさに演じても批判されることはない。モデルにされた人も、怒ることはない。怒るだけ野暮だと思っていたのだろう。おおらかな時代だった。自分の声が真似されて気分を壊す人もいたと思うが、よく受け入れていたものだ。
今はお笑いの放送がたくさんあるが、人を傷つけるかもしれないという不安から、表現を慎重に練り直すらしい。特定の人をモデルにすることは、少なくなった。芸人も、視聴者も、傷つくことに過敏になっているようだ。
チャレンジ87(やわらかな光)
秋の夕暮れ、陽射しが弱くなって、やわらかな光が差し込む時が好きだ。西日の当たる部屋で、しばらく空を眺める。とろけたハチミツのような光が、部屋の中にあふれている。静かな光のなかで、このまま眠りたくなる。赤ん坊が産まれ落ちて最初に見る光も、きっと、やわらかな光に違いない。
チャレンジ86 (鋭い眼差し)
最近の物価高で、夕方のタイムセールが賑わっている。昼間と同じ品物を、割引で買うことができるからだ。わが家では、普段は買えない高級食パンを、お得に購入している。
割引のシールが貼られる時間は、お客たちの鋭い眼差しが飛び交う。スーパーの店員は心得た顔で、手際よくシールを貼っていく。お客は最初は不安そうだが、慣れてくると落ち着いたもので、
あら、今日は貼るのが早かったのね。
などと話をする。食パンや惣菜の売り場に、いつも同じ人が来ることに気づき、お互いに苦笑いする。鋭いまなざしは、会計の時には和らいでいる。おだやかな夕暮れである。