こどもだから叫びます。
大人になるの嫌だー!!!!
子供の定義がわからないから背理法で大人を定義してみようと思う(勉強できる風に)。
――子供のように
放課後になった。音楽室が近いから吹部の音が響いてくる。
あたしはひとり教室で伸びをする。
クラスメイトは早々に部活やらバイトやらはたまた帰宅部ガチ勢やら自習室行くべとやらで散ってしまった。
部活やバイトはやっていないし、勉強する気も起きないから教室で惰眠をむさぼっている。
最近妙に何事のやる気も起きないんだよな。なんというか、あたしはここにいてもいいんだろうか感がある。もっと別の場所に行くべきなんじゃないか、という謎の不安が心の底から這ってくる。
「フラッペでも買って帰るか」
こういう時は自分のご機嫌を取るのが一番だ。
そしたらゆっくり人生計画でも立てようじゃないか。
――放課後
❥カーテン書き忘れたのわりとまじでショック。
ネタはあったのに。時間もあったのに。
ま、そういう時は笑おうぜはっはっは
「どうして昨日、泣いてたんですか?」
見ず知らずの男の子にそう言われた。
わたしはつい昨日入院して、今は病院の休憩スペースのようなところで自分の荒んだ心を休めてる最中だった。たしかに昨日、わたしは泣いた。
「医師って無条件に人を救うじゃん。でもわたしにとってそれは罪だなと思って」
こんな話見ず知らずの人に言うなんて馬鹿げてる。でも見ず知らずの人だから本音で話せる。
「罪?」
「いやさ、救けたところで、じゃん。わたしひとり救けたところでそれで世界が変わるとか運命が動き出すとかそんなこと絶対ありえるわけないのに、なんで、そんな無価値の野郎も医者って救けんのかなって」
一拍おいてわたしはまたしゃべる。
「そりゃ天皇とか国会議員とかお国に関わる人なら救けて良かった、俺がしたことは無駄じゃなかったって思えるじゃん。でもわたしは?わたしなんてただの死にたがりやの高校生じゃん。死にたがりやなんて救けても意味ないのに。救けられたら生きたくなるじゃんね」
わたしの言葉、多分伝わらないんだろうな。まあ、共感がほしくて応えたわけじゃないんだけどね。なんというか、話を聞いて欲しかった、それだけ。
「これがわたしの泣いた理由だよ」
――涙の理由
個人的にこの題は難しい。ココロオドル。
なぜって、カタカナだから。
漢字の心躍るやひらがなのこころおどるならその通りに心躍る創作をすればいいのだけれど、カタカナなんだこいつは。
個人的にカタカナは漢字やひらがなとは少し違うニュアンスを持っていると思う。もちろん、価値観は人それぞれだけれどね。
例のアレ、とか。シたいとか。普通の意味とは違うじゃんね。
ココロオドル。
なんだか、サイコパスとかそういう人が呟いた言葉なのかな。普通なら心躍るで済む話をどうして、カタカナなんかにしたんだろう。
難しい…!!
思いついたら書く!
――ココロオドル
高校に入ってからそんなものはない。
日々勉強と放課後講座と部活と探究活動に明け暮れている。
――束の間の休息