「馬鹿ですか?」
そう言われた。
本来この言葉に多少イラつきと嫌悪感を抱くようなものだろうけど、子どもの頃から神童のように育てられてきたわたしにはこの言葉に少し嬉しくなってしまった。
わたしは赤く染まってしまった頬を隠そうと少しうつむいてみせた。
「そんなこと言われたの、初めて」
「気を悪くさせちゃったかな?」
まるでおちょくってるように言ったからわたしは喉まで出てきた笑いをこらえる。
面白い子だ。わたしが誰なのかわかっていってるのかな。こんなにズカズカ他人のテリトリーを土足で上がってくる人は初めてだ。竹を割ったような、何事にも動じなさそうな強さを感じる。素敵な子だ。
「もしかして、泣いてる?」
突然、彼女はわたしの顔をのぞきこんだ。
この時、わたしの心の奥底で眠っていた、いたずらな悪魔が起きたようでわたしは普段なら絶対にしない言葉遣いと行動をした。
「そんなわけねーだろ!」
わたしは言って、彼女の肩を思いっきり、力を込めて、たたいてやった。
昔から憧れていたのだ。ツッコミを入れるという行動に。そう、将来の夢はお笑い芸人なのだ。
――力を込めて
❥なんか、いみのわからんものがたりすね。
――過ぎた日を想う
まったく、歳取ったなって感じるよ
星座なんて、
「君の知らない物語」しか出てこないのよ
あれがデネブ
アルタイル
ベガ
――星座
おれはいつだって傍観して生きてきた。
何かを食べたり、物事にいちいち一喜一憂したり、社会を発展させたり。全部どうせなくなるのに。どうして、みんなは、彼女はどうしてあんなにもキラキラした目でものを見ることができるんだろう。
ため息が出てしまう。
たばこをポケットから取り出して、火をつけようとしたがやめた。
こうやって悪びれるのは性に合わないし、彼女にどうせ「不健康になりますよ」なんてあきれられるに決まってる。彼女がおれから離れていってしまうのはすごく寂しい。
「踊りませんか?」
それは突然だった。
彼女がいつの間にか目の前にいて、おれに手を差し出したのだ。
「なに言ってるの。おれは踊らないよ」
踊るなんてそんな高等なこと、おれにはできない。
「いきましょう。海未さん」
彼女はおれの手首を掴んで引っ張る。
「海未さん。一生、くすぶってて、いいんですか」
何を言っているんだろう、この子は。おれなんかよりもずっと小さい子なのに何を背負ってここにいるんだろうか。なんのためにいったいおれを掴んで離さないんだろうか。
「踊ったら、おれの質問に答えてくれる?」
「そんなもの今答えてあげましょう」
彼女は腰に手を当てて、胸を張る。
「響夏ちゃんはなんのためにここにいるの?」
「そりゃあなんのためって。あたしがいたいからここにいるんですよ」
「ここにいたいから」
「はい。海未さん、知ってますか?この世界はどんな形をしているのか。球体なのかはたまた直方体?滑り台がたくさんあるからバナナみたいな形なのかも。じゃあ気候は?この世界には天気がない。じゃあなんで風があるんですか?一般的には暖かい空気や冷たい空気を送るためにあります。でも温かみも冷たさも感じないこの世界に風はなんであるんですか?いったい、何を運んでいるんですか?他にも、第七冠で発生された物質はどこへ消えていくのか、定期的にシャットダウンするのはなぜか、あざみはどこにいるのか。他にもさまざまありますが、海未さん。これら全てに答えられたらあたしは海未さんを応援しましょう。あなたがしぬお手伝いをしましょう。ですが海未さん。よく聞いて下さいよ。あたしたちは何も知らないんですよ。わけもわからず死にたい、じゃないんです。知らないことがある。ならば知らなければいけません。解明しないといけません。そうしたらきっと、海未さんも生きる意味なんて忘れるくらいずっと楽しい毎日を送れるはずですよ」
彼女はふっと息をはいて、とびっきりの笑顔で言った。
「踊りましょう」