9/7「踊るように」
雪が舞う。風に乗って上へ下へ。時に撫でるように、時に叩きつけるように。
その雪の中を、妖精が舞う。白いレースの服をまとい、ステップを踏んでふわりふわり。
冬を楽しみ、春を呼ぶ舞。妖精の朗らかな笑い声が鳴り響く。
ひとしきり楽しむと、雪は、妖精は、踊るように消える。
妖精はいずれまた現れて踊る。花の妖精が目を覚ますまで。
(所要時間:9分)
9/6「時を告げる」
鐘の音が鳴り響く。夜が動き出す。
始まるは不死者たちの宴。人々は恐れ、家に引き篭もり扉を閉ざす。
そして、私は目を覚ます。狩りの時間だ。
並み居る不死者たちをなぎ倒し、叩き潰す。腐り果てた黒い体液は私をより黒く染め上げる。
闇に紛れて闇を狩る。それが私の定め。私に刻まれた呪い。
鐘の音が鳴り響く。朝が静けさを取り戻す。
そして、私は眠りに就く。
私の存在は、誰も知らない。
(所要時間:8分)
9/5「貝殻」
さくら貝の貝殻を白い砂浜に見つけて、君を思い出した。
色白の肌にピンク色の小さな唇。可愛らしくて羨ましかった。
君は今、元気ですか。
新しい人は見つかりましたか。
もし見つからなかったら、私のところに戻って来る気はありませんか。
どんなに見つめても、さくら貝は返事をしない。
貝のように黙って―――いや、黙っているから貝なのだった。
君の少しおしゃべりな唇を思う。
(所要時間:8分)
9/4「きらめき」
あいつは星になった。
殴ったら飛んでったとかいうマンガ的表現の話じゃない。あいつが偉業を成し遂げたから、神様が星として召し上げたんだ。ほら、今も西の空に見えるあの青い星がそうだ。
この頃、星になる人間が急速に増えている。神様が猛スピードで人間を表彰してるみたいだ。
死んだ人間も、生きてる人間も、昼夜問わず星になる。夜は10年前に比べて随分明るくなったらしい。
この星の人間がみな星になったら、後には何が残るんだろう。
もしかしたらこれは、神様による人間の美しい粛清なのかも知れない。そんな事を思いながら、俺は今夜もあいつの星がきらめいているのを眺めている。
(所要時間:10分)
9/3「些細なことでも」
初めての入院とのことで、その70代女性には説明を丁寧に行った。
「以上です。何かあれば、月曜日の診察の際、些細なことでも遠慮なくおっしゃってください」
「わかりました、先生」
穏やかな笑みに、こちらが癒される思いだった。
そして月曜日。
「調子はいかがですか?」
「はい。中庭の隅に、ツユクサの花が咲いていましてね」
「ツユクサ?」
「ええ。紫の花がね、美しかったので、スマホで撮ってきました。先生もご覧になりますか?」
なるほど、些細なことだ。だがその些細なことに目を留める感受性こそが、今のお年までご健勝であった理由かもしれないと思った。
(所要時間:8分)