8/23 お題「海へ」
私たちは旅立つ。
海へ。海へ。
いつか母たちがさかのぼった滝を下り。
いつか母たちの体を傷つけた岩場をするりと抜け。
そこに辿り着くまで、ひたすら泳いでいく。
海へ。海へ。
生まれ育った水の匂いが、ある時変わる。
その匂いに体を慣らし、さあ、飛び出す時だ。
海へ。海へ。
無限の水の海へ。
私たちの何匹が帰れるだろう。
何匹が母なる川へ戻って産卵できるだろう。
今はただ泳ぐ。
ここが、海。父と母の生きた、海。
(所要時間:7分)
8/22 お題「裏返し」
君と僕は裏返し
このフィールドで向かい合う
最初は君と僕は半分ずつ
君が先に動いて
僕をひとつ、君にする
そこからは混戦
フィールドの端を占拠したら
勝ちは見えたようなもの?
僕と君と、僕らのフィールド
な〜んだ?
「オセロ!」
「正解!」
(所要時間:7分)
8/21 お題「鳥のように」
私は鳥かごの鳥。自由を知らない。
どこへも行くことはできなかった。何もかもが揃った部屋に一人。父上が食事を持って訪れる以外は誰に会う事もない。
ある日、きな臭い匂いに窓の外を見ると、煙が上がっているのを見た。
館が燃えている。
革命。本で読んだことがある。父上はどうなってしまうのだろう。私はどうなるのだろう。
扉の外で呼び合う声。やがて、若い男が扉を開けた。
「さあ、外へ。あなたは自由です」
自由。私は自由。
自由とは何? どこに行けばいい? 何をすればいい?
私は鳥かごの鳥。自由を知らない。
(所要時間:7分)
8/20 お題「さよならを言う前に」
さよなら、を言いかけた君の腕を掴んで、私は口を開いた。
「短い間だったね」「過去に戻っても元気で」「君ならきっと運命を変えられる」―――どれも言葉にはならない。
タイムマシンの座席で君は、不思議そうに私を見ている。
君が過去に戻っても、あの災害は起こるかもしれない。君の力及ばず、多くの人が命を失うかも知れない。それでも。
「君の未来は、君のものだ」
それだけは真実だと言い切れる。
君は微笑み、力強くうなずいた。
―――ああ、その笑みで、私は君を見送れる。君を送り出す事で過去を変えてしまうかも知れない事さえ、私は受け容れられる。
さよなら、時代の異分子。どうか、元気で。
(所要時間:11分)
8/19 お題「空模様」
「やれやれ。女心と秋の空、とは言うが…」
赤ん坊をあやしながら天を仰ぐ。
「頼むからこれ以上降らないでくれよ。麓の村が大変なんだ」
先日まで災害級の大雨が続いた。川は氾濫し、畑は没し、民家は浸水した。今も大勢の民が避難を余儀なくされている。
「おっ、よしよし、おねむだな。そのまま眠ってくれ」
揺りかごのようにゆったりとしたリズムで赤ん坊を揺らす。赤ん坊の目が徐々に閉じていく。
「おやすみ、龍神の御子様。明日はご機嫌で笑って、天気にしておくれよ?」
角と長い触角を生やした頭を男に寄せて、天を司る赤ん坊はすうと眠りについた。
(所要時間:11分)