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8/13/2023, 1:23:03 AM

8/12 お題「君の奏でる音楽」

 流れるような指遣い。重厚な和音も、楽しげなスタッカートも、あなたの思うがまま。わたくしは目を閉じてそれを楽しむ。
 情熱的な響きが耳をくすぐる。触れられたい。あなたの目で見つめられていたい。
 演奏を終え、わたくしのもとに歩み寄って、あなたは囁く。
「今宵は、貴女の奏でる音楽が聴きたい」
「何も弾けないわ。歌も苦手よ」
「私の指で貴女を奏でてて見せましょう。お嫌でなければ」
「ふふ、構わなくてよ」
 そう。わたくしは、あなたの思うがまま。

(所要時間:12分)

8/12/2023, 2:25:35 AM

8/11 お題「麦わら帽子」

 お気に入りの麦わら帽子をかぶって、強い日差しの下で太陽のように笑う君を見ていられたのは、ほんの30分ほど。
 天気の心変わりにも程がある、すさまじい雨だった。海の家の軒下は人で埋まり、車に避難する人もいる。
 だが君は笑っていた。
 痛いほど叩きつける雨で歪まぬように麦わら帽子を抱え込み、全身ずぶ濡れになりながら、空を仰いで笑う。
「楽しいー!」
 君の笑みはやはり、太陽だ。麦わら帽子では隠しきれないことを、天気もわかっているのかも知れない。

(所要時間:7分)

8/10/2023, 3:01:42 PM

8/10 お題「終点」

 最果ての駅で電車を降りた。この先には何もない。
 目的などなかった。ただ、この世の果てに辿り着きたかった。そこに何があるのか見てみたかった。けれどこの先には何もない。
 何もない、という言い方は間違いだろうか。
 奈落が口を開けている。どうやらここが世界の果てだ。飛び込めば命はないだろう。
 闇。ただその一言。見つめていると、なぜか落ち着く。己の中の曇りもその果てに消えるような気がした。
 どれくらいそうしていたか。ひとつ息をつき、奈落に背を向ける。
 駅に戻り、時刻表を見る。次の電車は明日だ。今度はここが、己の始点になる。

(所要時間:9分)

8/9/2023, 10:38:56 AM

8/9 お題「上手くいかなくたっていい」

「上手く行かないなぁ…」
 派手なため息をつく。見かねたのか、ベンチの横にたむろしていた少年たちの一人が尋ねかけてきた。
「おじさん、悩みごと?」
「ん? まあね…」
「仕事?」
「まあ、そんなところかな」
 少年たちは顔を見合わせる。よほど落ち込んで見えたのだろう。代わる代わるああでもないこうでもないと話しかけてくる。
「今日ね、先生が言ってたんだけど。上手くいかなくたっていいんだって」
「うん。今はダメでもいつか上手くいくこともあるし」
「上手くいかないほうが勉強になるって」
「はは…、そうだね」
 上手くいかなくたっていい。―――そう思えたらどんなに楽だろう。
「でもね、おじさんは…」
 死神なんだ。
 上手くいっている人も、そうでない人も、その時が来たら命を貰わなければならない。
 この人生(神生?)、どうにも上手くいかないものだ。

(所要時間:10分)

8/8/2023, 11:33:40 AM

8/8 お題「蝶よ花よ」

「蝶よ花よと育てる、って言い方あるじゃん?」
「うん」
「花はわかるんよ。でも蝶ってどう思う?」
「どう思うって?」
「虫じゃん」
「虫だね」
「気持ち悪くない?」
「え。そこは個人差だと思うなぁ」
「だってアレ蛾みたいなもんじゃん」
「いやあ…でもモルフォ蛾とかおらんし…。それ言ったら花だってラフレシアとか食虫植物かもしれんよ?」
「うわー。そういう育てられ方はしたくないなー」
「まあラフレシアを称える文化ってのはそもそもどうかと思う」
「『我々はアマゾンの奥地へ向かった』感がある」
「日本だから蝶よ花よがいい意味で受け取られるのかもしれん…」
「いやそれでも虫はどうかと思う」
「何ならいいの。好きなもの何? 金と権力?」
「いや意味わからんしそんなん引っ張りだこで利用されまくるじゃん…」

(所要時間:10分)

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