ごめんね、なんて言わないで。
泣かないで、なんて言わないで。
泣いてなくても「どうしたの」って声を掛けて欲しいだけなの。笑い掛けて欲しいだけなの。
一時の慰めなんかじゃなくて、もっと私を見ていてほしいと。そう望むのはいけない事なのかな。
▶泣かないで #45
「お天道さんの下で腹一杯飯が食いてーなぁ」
そういって、あいつは灰になった。
魔族の癖に太陽の下に出てくるからだ。オレなんか放っといて、そのまま影にいれば良かったのに。このくそヴァンパイアめ。
死ぬ直前にもいっちょ前に格好つけやがってさ! 自分を傷付けるだけの存在になに〝さん〟なんて付けてるんだよ、このくそ野郎って言ってやれば良かったのに。
そしたら……そしたらオレだって、太陽のこと、素直に憎めるのにさぁ。
▶太陽の下で #44
朝、袖を通したセーターを脱ぐと、パチッと音がした。身体から離してもふよふよと近付いてくるそれを見て、あーもうこんな時期かぁと、まるで他人事みたいに思う。
これが冬の第一のルーティン。ここから、私の夜が始まる。
▶セーター #43
あら、結構ですわ。そんな顔で着いてこられても迷惑ですし。貴方様はそこでみっともなく蹲っていらっしゃればよろしいのよ。
なにより、あちらでも貴方様にお手を掛けさせるだなんて、それこそ私の面子が丸潰れじゃありませんか。そんな思いを私にさせないで下さいまし!
……あら、もしやそれが目的? それじゃあ尚更ですわね。ここに残って下さいませ。
お忘れのようですからお伝えしますが、貴方様にも“お役目”があるでしょう。貴方様にだけ与えられた、とっても、とぉっても大切なお役目が。私には無いものが。
それは貴方様が自ら選んだことだとも伺っておりますけれど、そちらは果たさなくても宜しいのかしら? 貴方様が選んだものなのに?
これは私に与えられた、私にしか出来ないお役目ですわ。それを、貴方様は奪うおつもりですか?
……ええ、解っていただけたなら結構です。
そう、貴方様はここでいい子にお留守番なさればいいの。そうして貴方様が選び、与えられたお役目を果たすのです。それが、貴方様がここに在るただ一つの理由なのでしょう。
……いい加減泣き止んで下さいませんこと?
ああ、本当に鬱陶しい。いつまでも幼い人ね。
此処から落ちて、贄となるのが、私に与えられた唯一のお役目。そんな大切なお役目を恨んだことなど、私、一度たりとも御座いません。
これは私の大切な誇りです。
何人たりとも奪うことは赦しませんわ。
▶落ちていく #42
夫婦は二世と云うけれど、果たして私と貴方が恋に落ち合う来世などあるのかしら。
こんなに重大な過ちを犯した貴方に、来世なんてものが存在するのかしら。
嗚呼、でも、もし貴方が生まれ変わって悔い、改めたなら、今度は私から会いに行ってあげる。
そうして貴方に思い出させてあげるわ。
桜の花弁とともに貴方が散らせた命の重みを。
風鈴の音色に打ち消された哀切な調べを。
真っ赤な茸の隣でグツグツと煮込んだ羞悪を。
床に落ちてダメになった厚揚げを見下ろした瞬間の殺意を。
私たちは永遠を誓った。すてきな日々が待っているのだと信じて疑わなかった。だけど、私たちにそんな日が訪れることはない。きっとこれから先もずーっと、永遠に。
お互いに捧げ合ったものは、極楽ではなく地獄行きのキップ代だったけれど、私たちも一度は確かに愛し合って、神に永遠を誓ったんだよ。
貴方が奪ったひとりの時間を、今更返そうなんて思わないで。私をひとりにしないで頂戴ね。
一度結んだめおとの契りはそう簡単に千切れやしないのよ。
▶夫婦 #41