【モンシロチョウ】
軋むベッドの上で、君は鱗粉を振り撒いている。その白くて小さい体に、僕は魅せられた。
僕達は蜜を求めて舞っていく。そして出逢った。
至極の快楽。
それは花のように一瞬で、すぐに散ってしまうけれど、温もりと湿り気さえあれば何度でも咲ける。
僕達は蝶だ。
長い人生の、一瞬に全てを賭ける。
艶やかな翅を伸ばて、抑えきれない口吻に鱗粉を散らし、蜜を吸って生きていく。
昂った感情を隠しもしないで。
今日も、明日も・・・・・・。
【忘れられない、いつまでも。】
シャーデンフロイデ(注:1)なんて、味わうハズが無いと思ってた。
私は優等生で、いつだってみんなの模範となるようなことをしてきた。困っている人が居たら見返りを求めず助けたし、みんなが嫌がることも嫌な顔ひとつせず進んでやった。勿論、人の不幸を笑うことなんてしなかった。
それが今、壊れた。
目の前には、血だらけになって倒れたアイツがいる。私のことを馬鹿にしてきたアイツ。良い子を笑ったアイツ。中学生のくせにタバコを吸ってるアイツ。悪人のアイツ。死んでも誰も困らないアイツ。
携帯を見ながら自転車を漕いで、車に轢かれたアイツ。
アイツを轢いた車は、すぐにどこかへ消えていった。私は救急車も、警察も呼ばなかった。だって、もう頭無いし。アイツを轢いただけで人生が台無しになるなんて可哀想だし。
ここは田舎だから、車の通りなんて数日に一本しか無い。だから、言わなくてもバレない。どうせこのことも有耶無耶になって、アイツを轢いた可哀想な人も助かる。
それに、アイツが死んでも誰も困らないから。
私もすぐに家に帰った。
何も無かった様に自分の部屋に入って、笑った。笑いが止まらなかった。だって、悪人に罰が下ったんだもん。自業自得なんだもん。それは素晴らしく良い事で、快感だった。
初めてのシャーデンフロイデは、私に極上の感情を与えた。
注:1シャーデンフロイデ・・・・・・ドイツ語で、「人の不幸は蜜の味」という意味。
【一年後】
「大人にならなきゃ駄目」なんて、誰がそんなこと決めたのだろう。
僕は、来年も再来年も子供のままでいたくって、「そんなルール破ってやろう」って決めた。
みんなは僕のことが嫌いで、毎日のように虐めてくる。
みんな僕のことを(精神病の)セイちゃんって呼んで、馬鹿にしてくる。僕はそんな名前じゃ無いのに・・・・・・。
「セイちゃんがしゃべったぞ! ぎゃー、セイシンビョウがうつる〜!」
みんなそう言って、僕から離れていく。
「喋ってセイちゃん菌飛ばすなよ! オレまで嫌われちゃうだろ!?」
親友だったあの子も。
「セイちゃんにも悪いところがあるでしょ? 全部人のせいにするのはよくありませんよ!」
大人も助けてくれない。
「お前が不出来だから悪いんだろ!!」
親にも怒鳴られ、殴られた。毎日毎日泣いた。
だから、大人なんか大嫌いだ。子供も、大人も、全部嫌いだ。
一年が経った。何も変わらなかった。
一年が経った。やっぱり何も変わらなかった。
また一年、一年と時間が過ぎていく。
いつしか僕は中学生になっていて、自分が虐められていた理由や、自分の親が普通じゃないことを知った。
一年が経った。自分の親が嫌いになった。
一年が経った。周りを信じられなくなった。
一年が経った。
自分の家を飛び出した。近くの店に逃げ込んで、「親に暴力を振るわれた」と言った。今まで、世の中は悪い人ばっかりだと思っていた。そういう教育を受けてきたから。でも、みんな僕の話を聞いてくれて、施設に繋いでくれた。僕は施設で「みんな」に会えた。施設のルールで、下の名前しか分からなかったけど、みんないい人だった。
それからもう一年経って、俺はもう立派な高校生だ。
物書きをするのは楽しいし、学校生活も充実している。
一年もあれば、生活はがらっと変わる。
この一年は、何が待ってる?
【初恋の日】
貴方と出逢ったのは偶然だったのかもしれない。
でもね、私が貴方のことを「素敵な人だな」って思ったのは絶対偶然なんかじゃ無いから。
貴方は、シャキッとしたスーツが似合うのに、昼休みにはずっと隅で本を読んでいる。ちょっと変わった人。
だから、私は言ったの。
「貴方って変な人ね」
ちょっとからかってみたの。
そしたら貴方は、
「そうかもしれないなぁ」
って、無邪気に笑った。
「僕は紙魚なんだ。世界に一匹だけのね」
また、変なことを言った。「どうして?」って聞いたら、
「だって、こんなに大きな紙魚はどこを探してもいないから」
また笑った。口を大きく開けて、歯を見せて・・・・・・まるで子供みたいに。
もう、私はすっかり貴方の虜。
【明日世界がなくなるとしたら、何を願おう】
そうだなぁ、僕は
「最後くらい平和になって欲しい」
って願うかな?
今まで大変なことばかりだったけど、最後ならきっと・・・・・・なんて、望み過ぎかなぁ。
僕たち人間は「争い」に勝って、この星を支配してきた。この星に「地球」という名前をつけて、そこで生きる動物や植物にも名前をつけて、これまでを過ごした。
けれど、本当は「名前」なんてもの無かったのかもしれない。全てが消え去っても、全部元に戻るだけ。それだけの事。
じゃあ、最後くらい僕たちも「争い」から解放されてみても良いんじゃないかな?
最後だけでも、さ。