お題:いつまでも降り止まない、雨
(BL風味)
突然の雨はすぐに通り過ぎることもなく、遠慮を忘れたように振り続けて。
たまたま天気予報を観忘れたばかりに……折り畳み傘すら入っていない鞄を恨めしそうに覗き込み、盛大な溜息を吐き出した。
「どうすっかなぁ……」
通りすがりに逃げ込んだ喫茶店。濡れた髪を拭きながら、誰にともなく呟く。
ちらりとガラス越しに外を窺えば、灰色の空の下では誰もが当たり前のように傘をさしている。
つまり、ずぶ濡れの間抜けは自分ひとりということだ……再確認すると情けなさに眉尻が下がった。
「ん?」
引き続き外をぼんやり眺めていると、自分と同じように傘を持たず、鞄で雨を凌ごうとするスーツ姿の間抜けがもうひとり。
その男は自分に気づくと「あ」と口を開き、一度姿を消した。
チリンチリン。ドアが開いて、足音が近づく。
「やっぱり! いやぁ、仲間がいて良かったです」
「ずぶ濡れの間抜け仲間か?」
間抜け仲間は仕事仲間でもあった。用意周到にタオルで髪を拭いているが、肝心の傘を忘れた抜けた奴だ。
突っ込んで深い関わりはなかったが真面目で丁寧で、かなり出来る奴、というのが先程までの印象だった。先程までの、だか。
「ここのプリンアラモード美味しいんですよ。あ、ホットケーキもオススメですよ」
「なんだ、よく来るのか?」
「ええ。せっかくだからお互い暗い気分を忘れて、美味しいものでも食べましょう」
あまり関わってこなかったが改めて人当たりのいい奴だ。自分にはない爽やかな笑顔で、女子にも人気があるらしい。
と、そんな奴の首筋に、つぅっと水滴が伝うのを見つけた。
(ちゃんと拭けてない……意外と雑だな)
よく見れば色白のそこをゆっくりと這う雫。どういう訳だかそこから目が離せない。
そうして水滴は服の中へと……
「どうしました?」
「あっ!? い、いや……もう少し拭いた方がいいぞ」
「?」
今、自分は何を見ていた?
水も滴るいい男とは言うが、ろくに関わっていない仕事仲間を前に、見惚れて……?
きょとんとまばたきをする目は睫毛が長く、薄く開いた唇が色っぽいだなんて。
テーブルの上で組んだ両手の指が綺麗だなんて。
(実は結構色気あったんだなコイツ……)
ああ、気づいてしまった。
一度そうなってしまえば、ちょっとした仕草ひとつに心臓がとくんと跳ねて。
「とびきり苦いコーヒーが飲みてえな……」
「じゃあ僕はコーヒーとチョコレートサンデーを」
そうだ。きっとこの雨が悪い。一時の迷いに過ぎないんだ。
邪念を振り払い、注文を済ませると、また二人きりで向き合う。
何も知らずにニコニコ嬉しそうな顔が憎らしいなんて、言いがかりもいいところだろう。
「機嫌直してくださいよ。一口あげますから」
「いらんわ!」
俺を惑わせた雨はまだ、止まない。
お題:逃れられない呪縛
最近の気温の上下は本当に読めないと思う。
炬燵の出番もとうに終え、そろそろ衣替えしてもいいかなと思った矢先のこと。むに、とやわらかな感触が膝に触れた。
にゃおん、ごろごろ。
こちらを見上げる、黒目がちで愛らしい目は「さむいから、いいよね?」と訴えている。
待て。何が良いのだ。私はそろそろ風呂に入りたいと立ち上がるところだったのだ。
しかし小さな体のこれまた小さな前足の肉球は、そのぬくもりをもって愚かな人間の動きを完全に封じてしまった。
ああ、温かい。
ゴロゴロ音が大きくなり、心地よさに足が根を張る。
猫の重みと温かさ、そしてやわらかさ。こちらにすっかり体を預けているのだと実感してしまうと、目尻が下がり口角が上がるのも仕方のないことだろう。
逃れられるはずがない。振り払えるわけがないんだ。
もふもふを撫でるこの手で退かせばいいだろうなんて、そんな簡単な話じゃあない。
こうして、ああだこうだと言い訳を重ねながら、風呂の予定は三十分ほど遅れたのだった。