書く習慣

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5/25/2023, 3:13:13 PM

お題:いつまでも降り止まない、雨
(BL風味)


 突然の雨はすぐに通り過ぎることもなく、遠慮を忘れたように振り続けて。
 たまたま天気予報を観忘れたばかりに……折り畳み傘すら入っていない鞄を恨めしそうに覗き込み、盛大な溜息を吐き出した。

「どうすっかなぁ……」

 通りすがりに逃げ込んだ喫茶店。濡れた髪を拭きながら、誰にともなく呟く。
 ちらりとガラス越しに外を窺えば、灰色の空の下では誰もが当たり前のように傘をさしている。
 つまり、ずぶ濡れの間抜けは自分ひとりということだ……再確認すると情けなさに眉尻が下がった。

「ん?」

 引き続き外をぼんやり眺めていると、自分と同じように傘を持たず、鞄で雨を凌ごうとするスーツ姿の間抜けがもうひとり。
 その男は自分に気づくと「あ」と口を開き、一度姿を消した。

 チリンチリン。ドアが開いて、足音が近づく。

「やっぱり! いやぁ、仲間がいて良かったです」
「ずぶ濡れの間抜け仲間か?」

 間抜け仲間は仕事仲間でもあった。用意周到にタオルで髪を拭いているが、肝心の傘を忘れた抜けた奴だ。
 突っ込んで深い関わりはなかったが真面目で丁寧で、かなり出来る奴、というのが先程までの印象だった。先程までの、だか。

「ここのプリンアラモード美味しいんですよ。あ、ホットケーキもオススメですよ」
「なんだ、よく来るのか?」
「ええ。せっかくだからお互い暗い気分を忘れて、美味しいものでも食べましょう」

 あまり関わってこなかったが改めて人当たりのいい奴だ。自分にはない爽やかな笑顔で、女子にも人気があるらしい。
 と、そんな奴の首筋に、つぅっと水滴が伝うのを見つけた。

(ちゃんと拭けてない……意外と雑だな)

 よく見れば色白のそこをゆっくりと這う雫。どういう訳だかそこから目が離せない。
 そうして水滴は服の中へと……

「どうしました?」
「あっ!? い、いや……もう少し拭いた方がいいぞ」
「?」

 今、自分は何を見ていた?
 水も滴るいい男とは言うが、ろくに関わっていない仕事仲間を前に、見惚れて……?
 きょとんとまばたきをする目は睫毛が長く、薄く開いた唇が色っぽいだなんて。
 テーブルの上で組んだ両手の指が綺麗だなんて。

(実は結構色気あったんだなコイツ……)

 ああ、気づいてしまった。
 一度そうなってしまえば、ちょっとした仕草ひとつに心臓がとくんと跳ねて。

「とびきり苦いコーヒーが飲みてえな……」
「じゃあ僕はコーヒーとチョコレートサンデーを」

 そうだ。きっとこの雨が悪い。一時の迷いに過ぎないんだ。
 邪念を振り払い、注文を済ませると、また二人きりで向き合う。
 何も知らずにニコニコ嬉しそうな顔が憎らしいなんて、言いがかりもいいところだろう。

「機嫌直してくださいよ。一口あげますから」
「いらんわ!」

 俺を惑わせた雨はまだ、止まない。

5/23/2023, 2:04:10 PM

お題:逃れられない呪縛

 最近の気温の上下は本当に読めないと思う。
 炬燵の出番もとうに終え、そろそろ衣替えしてもいいかなと思った矢先のこと。むに、とやわらかな感触が膝に触れた。

 にゃおん、ごろごろ。

 こちらを見上げる、黒目がちで愛らしい目は「さむいから、いいよね?」と訴えている。
 待て。何が良いのだ。私はそろそろ風呂に入りたいと立ち上がるところだったのだ。

 しかし小さな体のこれまた小さな前足の肉球は、そのぬくもりをもって愚かな人間の動きを完全に封じてしまった。

 ああ、温かい。
 ゴロゴロ音が大きくなり、心地よさに足が根を張る。
 猫の重みと温かさ、そしてやわらかさ。こちらにすっかり体を預けているのだと実感してしまうと、目尻が下がり口角が上がるのも仕方のないことだろう。

 逃れられるはずがない。振り払えるわけがないんだ。
 もふもふを撫でるこの手で退かせばいいだろうなんて、そんな簡単な話じゃあない。

 こうして、ああだこうだと言い訳を重ねながら、風呂の予定は三十分ほど遅れたのだった。