【安らかな瞳】
今日はホワイトデー。
とはいえ、不慮の事故で入院中の私には関係のない話だ。
私が安らかな気持ちで神に感謝していると、
「ホワイトデーのプレゼント貰いに来ました」
誰かが病室に入ってきた。
後輩の高橋さんだ。
彼女は惚れやすい性格で、惚れた相手に貢がせて破産させることをライフワークとしている。
彼女に目をつけられたばかりに自己破産させられた同僚は数しれない。
私は抵抗した。
「君、事前の連絡もなしに訪ねてくるなんて失礼じゃないか。あと私は重病人なので面会謝絶中だ」
高橋さんは私の話を無視して言った。
「まさか何も用意してないんですか。ありえないですよね?」
ヤバい。何か取られる。
しかし幸いなことに私は金目のものを一切持っていない。
家族もいないし、毎月の給料はユニセフに寄付している。
わずかな貯金は先月の慰謝料と入院費で消えたし失うものなど何もないのだ。
「奪えるものなら奪ってみろ」
翌日
病院で全身干からびた男性の遺体が発見された。
【ひなまつり】
会社出社時。
「今日ってひな祭りですよね」
私は何気なく言った。
すると鈴木先輩は答えた。
「ああ、あの日か。うちの会社も騒がしくなるな」
どうやら何かあるようだ。
鈴木先輩は続けた。
「まぁ見ればわかるさ。よくあるやつだよ」
しかし会社に着くと想像を絶する光景が広がっていた。
「ギァ゙ァ゙ァ゙ーーーーーーーーーー」
祭壇にはたくさんの人が並べられ生きたまま火をつけられていた。
周囲には松明が大量に置いてあり、よく見ると生首がくべてある。
祭壇の中央では司祭らしき人が生贄を日本刀で滅多刺しにしている。
「な、何ですかこれは?」
私が誰もが抱くであろう疑問を呈すると鈴木先輩は答えた。
「何って?ひなまつりだよ。年に一度、クレーマーや使えない部下を燃やして神に捧げることで会社の繁栄を願う祭りさ。まぁ祭りの形は地域差があるからちょっと驚いちゃったかな。ハハハハハ」
なるほど。
「ちなみにヒナアラレというのはここで燃やした人たちを砕いて丸めたお菓子のことだよ。後で食べるからよく覚えておいてね」
なるほど。
「あとひなまつりの由来は火成(ヒナ)祭りからきてるらしいよ」
なるほど。
私は即行で退職した。
【バレンタイン】
後輩の社員に声をかけられた。
「バレンタインのチョコを受け取ってください」
「もちろん♡」
私がその声に反応して振り向こうとしたその時、体に鈍い痛みが走った。
ミシミシミシ。
肉がきしむ音がする。
「が、はぁ、」
どうやらチョコレートを全身に投げつけられた衝撃で体が悲鳴を上げているらしい。
私は倒れ込みしばらく痛みでのたうち回った。
このアマ。チョコを凶器に使うとは。期待だけさせといて許さん。
来月のホワイトデーで倍返しにしてやる。
私は強く決意した。
しかし世の中そんなに甘くなかった。
「これで終わりなわけないでしょう。まだまだチョコはありますよ」
「ぎぁァァァーーーーーーー」
その後もチョコを全身に受け続けた私は奇声を上げながら失神し、救急車で搬送された。
全治2ヶ月。
労災はおりなかった。
あと私が入院したことにより、後輩の子が精神的苦痛を負ったとして慰謝料も取られた。
【溢れる気持ち】
ドミノ世界大会。
私は細心の注意を払いながら、並べられていくドミノを獲物を狙う鷹のような目で凝視していた。
「そろそろかな」
私は機を見計らうと観客席から飛び出しドミノにダイブした。
ガチャーン。バタバタバタバタバタ。
倒れる感覚がきもてぃぃいいいー。
やはり他人の努力を破壊することほど幸せなことはない。
が、すぐに気づく。
ドミノには転倒を防止するためのストッパーが付いているため、倒れたのは私の周りのドミノだけだ。
しまった!
こんなことならダメージが大きそうな立体ドミノを先に破壊しておくんだった。
私がすぐさま別のドミノを倒そうと動き出した瞬間。
「動くな!」
運営が準備していた警備員が駆け付け拳銃を構えた。
こいつら正気か。
当然私は止まらないので全身に銃弾を浴び帰らぬ人となった。
観客は思いもよらないパフォーマンスにどよめき立っていた。
めでたしめでたし。
【安心と不安】
会社で残業をしていた時の話。
「30になると一気にくるぞ」
鈴木先輩が肩を回しながら言った。
「え?どういうことですか?」
私は聞き返したが、鈴木先輩はニマニマと笑いながら答えようとしない。
「まあいいか」
明日から30になる私からすれば気になる話ではあったが、どうせ大したことではないのだろう。
─翌日
「あっあっあ」
朝礼も終わり自席でメールを確認していた私は突如として異変に気付いた。
爪の先から血が流れ落ち、体の中からは何かが蠢いている感じがする。
ブシャー。
気づくと体から触手が生えていた。
しかも眼球は自由にとばせるし、なんならビームも出せるようになっていた。
異様な変化にしばらく慌てていた私であったが鈴木先輩の話を思い出し冷静になった。
なるほど。これが”くる”ということか。
その後、すっかり安心した私は触手で机に穴を開けたりビームで書類を燃やしたりして遊んでいた。
─それを遠目に見ていたのは他ならぬ鈴木であった。
「何なのあれ?」