『通り雨のせいにして』
冷えた手も
頬を伝う涙も
忌まわしい記憶も
突然降ってきたこの雨のせいにして
心に巣喰う闇も
孤独も
虚しさも
すべて通り雨で隠して
誰にも知られないように
濡れた身体で
「参ったな…」と言えば
きっとあなたに伝わらない
でもなにも知らないあなたが
「馬鹿ね。風邪引くわ」と
雫をタオルで拭ってくれるから
少しだけ、少しだけ、晴れてゆく
『ほんとの形』
これだ!と思ったその形は
いとも簡単に崩れていった
誰もが知っているあの動物に
ほんとの形なんてないのかもしれない
例えば三角お耳のしなやかな毛玉
猫という生き物には形がある
そう、確かにある。
だけど小さな箱のなかに、瓶のなかに
ぴったりと液体のように溶けるのだ
さっきまであった形は
とうに無くなっていて
また別の形になっている。
形自体はあっても
「ほんとの形」なんて在りはしない
きっと、そうなんだと思う。
『僕の城』
僕の城は
縦と横に向いただけの金属の棒
それが組合わさって
大きな城になっている
僕の城は
近所の公園の隅っこにある
足場にされがちな横棒は
塗料が剥げて錆びている
僕の城は
いつも沢山の子供達を受け入れている
どんな人にも開放された
時代に合った素敵な城なのだ
僕の城は
ジャングルジムと呼ばれている
そんな城に僕はてっぺんまで登る
僕が王様だからだ
僕の城は
子供達と、滑り台と、砂場と、ブランコと…
沢山のものがみえる
だけどその景色が
また少し、また少しと小さく見えるんだ
高いと思っていた僕の城は
年月を重ねれば低く思えてきて物足りない
だから僕はそろそろジャングルジムを降りるんだ
そしてまた誰かが王様。
『泡』
海からポコっと産まれたよ
白くて可愛い小さな泡が
一つ産まれて、二つ産まれて
たくさん、たくさん産まれたよ
大きな泡を慕うように
小さな泡たちが周りを囲んで
ザブンザブンと揺れる波間に
静かに漂う小さな膨らみ
海の青さをちょっぴり白く染めている
可愛い可愛い泡たちは
静かにポンっと弾けて
また海へ還ってゆくんだ
『母の手』
それは暖かかった。
がさがさとしていて、
指はあかぎれだらけだった。
それでも母の手は暖かかった。
大きな母の手に小さな僕の手が包まれたとき。
それが僕の幸せな記憶。
遠い日の記憶。
それは冷たかった。
しわしわになっていて、
固くなった皮膚。
骨の形がよくわかる、
生気の無い母の手。
いつの間にか母より大きくなった僕の手で、
母の手を握ったとき
ふと遠い日の記憶が頭を掠めた。