善悪
放課後。
誰もいない廊下。
野球部らしき掛け声が遠くから響く。
図書館で勉強をし、教室に忘れ物があったことを思い出し、取りに戻った時に、それはあった。
鞄の横に、彼がいつも巻いているマフラーが置いてあった。
何を思ったのか、思わず手に取ってしまった。
とはいえども、慌てて突き放すことはしない。
キョロキョロと辺りを見渡す。
遠くで球が飛んでいく音がする。
彼が身に付けているマフラーを少しだけ、自分の首元に巻いてみた。
彼の匂いがする…
これ以上はダメだ。
そう自分に言い聞かせる。
流れ星に願いを
流れ星が流れ終わるまでに3回願いを唱えると、
その願いが叶うらしい。
なんて実際に神様は叶える気なんて更々無いのだろう。
だってほとんど星が流れるところなんて見ないし、
見えたとしてもあっという間に流れ落ちる。
こんなロマンチストのカケラも無い私だけど、
意外と星を見るのは好きだ。
こんな田舎だと星が綺麗に見える。
東京にいた時は、星を見ようともしなかった。
ベランダから星を眺める。
冬だから寒いけれど、このしんしんとした空気が、
とても居心地良かった。
東京は東京で生活は楽しかった。
仕事も好きだった。
でもなんだかんだで疲れた。
細かな理由はたくさんあるけれど、大まかに説明すればそういうことだ。
これから満点の星が見えるこの場所で暮らすのだ。
もし今、ここで流れ星に願いを叶えてもらえるとしたら、
『ゆっくりと』
と唱えたい。
ルール
学生時代からの腐れ縁。
よく喧嘩をする私たちのことをケンカップルと呼ばれていたこともあった。
一度喧嘩をし始めるとお互い意地の張り合いが続き、長丁場になってしまう。
そんなため結婚後は、24時間以内には強制的に喧嘩を中止するようルールを定めた。
今朝も喧嘩した。
親友に電話して愚痴を聞いてもらう。
今頃、あいつも同じように愚痴っているだろう。
でもそれでいい。
愚痴ればスッキリするから。
その後は、少しお高めのカフェに行って、ゆっくりアフタヌーンティーを楽しむ。
そうこうしているうちに夕方になり、あいつの好きな料理でも作るかってなって、スーパーに行って帰る。
喧嘩した後のルーティンは専らこれだ。
そして。
「ただいま」という声が聞こえ「おかえりなさい」と言いかけようとしたその時。
薔薇の花束を渡された。
かなりの本数があるその薔薇を、どんな表情をしながら買って、どんな表情をしながら電車に乗ってきたのか。
「ありがと」
そう呟いて、冷たい頬に唇を近づけた。
我が家の喧嘩が終わる。
これが私たちのルール。
今日の心模様
今朝のテレビの星座占いでは乙女座は一位だった。
『意中の相手と距離が縮まるでしょう』
と4月に入社したばかりの新人アナウンサーの、
少しばかり緊張した声色が流れる。
食パンをかじりながら、距離が縮まるのなら苦労しない…と心の中でぼやきながらも、想い人には今日は会えるだろうかと考えた。
同じクラスじゃないから、積極的に行動しないと、なかなか会えない。
何か口実をつけては別クラスにお邪魔する。
占いが本当なら同じクラスになって欲しいものだ。
そしていつも通り、何事もなく1日が過ぎていくのかと思いきや、それは唐突にやってきた。
天気予報では雨の予報は出ていなかったはずなのに、雨がしとしとと降っている。
が問題はそこではない。
傘が無い私を見かねて入れてくれたのは、意中の相手だった。
『意中の相手と距離が縮まるでしょう』
縮まり過ぎである。
正直、心臓がもたないと焦りつつも、自宅までの距離が近づくたびに、このままでいて欲しいという思いが生まれた。
それでも緊張して話せないということはなく、他愛無いけれど、会話は続いた。
気まずさが無かったのが良かった。
「じゃあ、また学校で」と言われて、慌てて「ありがとう」とお礼を言った。
声がうわずってないか気になったが、そんなことより心の底からの感謝を伝えたかった。
にこりとして去っていく背中を見つめながら、華奢だけどやっぱり男の子の背中なんだなと思った。
部屋に着くなり、ベッドに倒れ込んだ。
私の心は余韻を求めていた。
たとえ間違いだったとしても
たとえ間違いだったとしても、
この恋は誰にも否定させない。
私が私らしく、いさせてくれる人だから。