ふっ
誰かが息を吹いた音がした気がする。
実際には喋ってる声がするだけ。
その言葉は私でも理解できるはずの日本語のだった。
白衣を着た目の前の人間は言葉を投げ掛ける。
頭では理解できるが、心は理解できない。
分かったのは心のろうそくの灯りが消えた。
それだけだ。
兄は疲れている。
神経質。完璧主義。真面目。陰キャ。
重箱の隅をつつくような。
他人から見ると生きづらそうな性格。
人に理解されにくくて縁とはちょっと遠い。
でも、僕は兄ちゃん大好きだよ。
僕は真逆の不完全なやつだから。
兄ちゃんみたいな、
ピンチの時に助けてくれるヒーローに憧れるんだよ。
僕は兄ちゃん大好きだから、
兄ちゃんの良いところ、色んな人に伝えるんだ。
ハンカチに1プッシュ。
母がつけていたもの同じもの。
母は誰より強かった。
人一倍働いて、私を叱って、愛してくれた。
そして、死んだ。
それから私は、
母の香水をハンカチにつけるようになった。
無くなっても、新しく買い足した。
空き瓶ですら捨てられず、押し入れに並んでいる。
私は弱いんだ。
母みたいになりたい。憧れていた。
でも、なれないのはわかってる。
私は私で、母は母だから。
だから、ハンカチに吹きかける。願いを込めて。
母が守ってくれるように。
母のように強くなれるように。
あなたを越えてみせるって。
災難だった。
寝坊して、朝手抜きメイクになった。
お気に入りのヒールが折れた。
上司のミスをカバーしてお昼食べ損ねた。
出先で突然の豪雨、洋服も鞄もずぶ濡れだ。
行ってみたかったカフェはいつの間にか潰れてた。
後輩とぶつかって、自分のデスク珈琲まみれ。
豪雨で帰りの電車は遅延の激混み。
そして、今植木鉢に躓いた。
あぁ、掃除機壊れてたんだ。
どうすんだ、この土。床に吸収されないかな。
あぁ、本当に今日は災難だった。
あと、3時間は今日の災難エピソード出せるよ。
聞かせてあげたいけど、ぬいぐるみしかいない。
ん?
突然聞きなれない音がする。なんでだ?
ネットで買い物してないよな。誰だ?
あ、とどめの不審者だ。それだ。間違えない。
モニターは掃除機と君。いつも君は突然だな。
会いたくなかったよ。泣いちゃうじゃん。
「はい、プレゼント!」
私はバレないように彼の胸に飛び込んだ。
前の席に座ってるあいつ。
今日は髪がいつもよりくるくるしてる。
雨だからか。それも可愛いけど。
少し伸びた髪。
憧れの部活の先輩が短いのが好きと聞いて切ったらしい。
俺は長いのも好きだったんだけどな。
むしろ、長い方が好みよ。
あんなに自慢にしてたのに切っちゃうんだもん。
色々ショックで俺も寝れなかったよ。
あいつはいつもは振り返りもしてくれない。
それが悲しい。話しかけても無視だもんな。
結構勇気出してるのに。
話すネタだって前の夜から考えてるよ。
放課後。そんなあいつが俺の前にいる。
椅子をわざわざ俺の方に回して座ってる。
なぜか、この世の終わりみたいな顔してるけど。
顔見るの久しぶりだな。
やっぱ可愛いな。あーー、かわいい。
ほんとに可愛い、めっちゃ暗い顔だけど。
また辛いことでもあったんだろうな
今はまだ向かい合わせ。
でも、いつか、絶対、隣に座るから。
そばにいるから。
絶対離さないからな。
覚悟しとけよ。