インターホンが鳴った
この時間に来るとなると、ご近所さんが不審者
恐る恐るインターホンの画面を見ると
なぜか、君がいた
「…え?」
おかしい、君は、去年の暑い夏、蝉が騒がしいあの昼
私を庇ってトラックの下敷きになったはずだ
震える手で「通話」ボタンを押す
「…はい」
「あ、久しぶり!こんな時間にごめんね」
声も、同じ、機械越しではあるが、懐かしい君の音が、私の鼓膜を震わせる
「…なんで…いるの…?」
「なんでってなんだよー、俺はいつでもいるだろ?」
君がよく私を慰める時に使った言葉
抑揚も、声色も、あの時のまま
ふらり、ふらりと、玄関まで歩き、鍵を開けようと手を伸ばしたその時
ーーーダメ!
そう、聞こえた
後ろを振り返っても、誰もいない
しかし、その声は、君が私を庇う時に言った言葉
私は怖くなって踵を返し布団に丸まった
インターホンは付いていて「ねぇー、あけてよー」と、君が言っている
しかし、玄関で聞こえた言葉が、本当の君な気がして
君を信じた
ガチャガチャとドアノブを下ろそうとする音
ドンドンと扉を叩く音
怖くなって、ぎゅっと布団を強く握りしめたその時また、
ーーー大丈夫、もう、大丈夫だからね
君の声がした
私は、フッと眠りの海に沈んでいった
翌日、私の家の前で不審者が捕まった
なんでも、私のストーカーで、夜に扉を叩く音で隣人が通報、捕まったようだ
私は事情聴取を受けたが、ほとんど上の空だった
突然の君の訪問。君が私を助けてくれた。
君を死なせてしまったという重圧で、ずっと追い込まれていたことを、君はわかっていたのかもしれない
君は、いつになっても、私の愛する君だ。
だから、私は君が好きなんだ。
今までは隣だったから、なんとも思わなかったけど
向かい合わせになるのって、意外と恥ずかしい
目は合うし、身体がしっかり見えるし、かっこいい顔は目に入るし
でも、君のことがしっかり見えるから、これも悪くないかな
なんで、急に
「別れよう」なんて、LINEで一通
それだけ
ブロックして、家に行ってもいないし
誰も君の行方を知らない
君がどこにいるのかも、何をしてるかも
君が死んでるのかも、生きてるのかもわからない
このやるせない気持ち
どこに捨てれば、誰に渡せば、どうすればいいのか
全くわからない
好きなのに、口から出る言葉は「嫌い」
楽しいのに、私の喉は「まぁまぁ」って言う
幸せなはずなのに、私はなぜか「普通」なんて
なのに、本当に嫌いなものにも「嫌い」
楽しくないものは「つまんない」
幸せじゃなかったら「全然幸せじゃない」
そのくせ、君には迷惑かけたくないから
悲しくても「大丈夫」
辛くても「大丈夫」
苦しくても「大丈夫」
私の気持ちは裏返し
なのに、私の都合のいいように、本音が漏れる
こんな私に付き合ってくれた君
「本当にありがとう」
「…別に」
君も照れた時は、裏返し
鳥のように、どこまでも広く、狭いこの空を飛んでみたい
鳥のように、どこまでも深く、浅い、この空を飛んでみたい
私が鳥になっても、今の人のままでも、この空の向こう側は行けないし
私がどんなものであろうと、海は渡れないし
私がどんな格好をしようと、県境は越えられないし
まぁ、言っちゃえば、めんどくさがりなのと、臆病なだけなのだけれど
この空の向こうは、この海の向こうは、この線の向こうは、この先の空間は、
果たして、どんな世界が広がっているのか
行く気もないのに、ただ想像して、気になって、
でも結局行かない
そんな私は、今日も心の中で、鳥になる