今の一瞬を過ぎる時間。君と見つめるこの時間。
今も、また今も。過ぎる時間は止まらない。
誰だろうか。その一瞬のことを、「殺」に「那」と書いて、刹那と言ったのは。
「殺」はわかるだろう。そのままの意味だ。
「那」は、美しいや、豊かな、と言った意味がある。
美しさや豊かさを、殺す。
なぜ、そんなような言葉を使ったのだろうか。
不思議だ。
刹那、刹那、刹那。
今も刹那だ。
僕らは、刹那を生きている。
美しさや、豊かさを殺しながら、生きている。
僕の生きる意味。
大好きなキーボード。
大切な友達。
可愛い後輩。
今思い浮かぶとなると、こんな感じかな。
もちろん、他にもあるだろう。
でも、一番に思い浮かぶのはそれくらい。
これから先、もっと大切なものができるのかな。
こんな僕でも。弱くて、ちっぽけな僕でも。
もっとたくさん、できるかな。生きる意味。
生きなければならないと、感じるもの。
この世では、人を殺すと悪。
人の大事なものを壊すと悪。
人が作ったものを壊すと悪。
この世では、人が生きると善。
人のために何かをすると、善。
人を助けると、善。
この善悪は、誰が決めたのだろう。
人以外の生き物のことは、考えないのだろうか。
人って、何をもって、「人」と呼ぶのだろうか。
足が1本でも、腕が1本無くても、目が見えなかろうと、人は人だ。
じゃあ、足が3本だったり、腕が4本だったり、目が3つあったりしたら?
その人たちは、自分のことを人だと思っていても、「人」だと認識されないのかな。
この世の中は、定義が曖昧で、ルールも緩くて、それなのに、固定概念は根深く残ってる。
そんな世界のままで、いいのだろうか。
国が、政治が、大統領が、天皇が。そんなことで、いいのだろうか。
今、君が変わるべきだ。
足が3本あるからなんだ。毛が濃くたってなんだ。手が自分より少ないからなんだ。
その生き物は、その生き物であって。君は君だけ。僕は僕だけ。
それで、いいじゃないか。
流れ星に願いを
あの空に想いを
この大地に信頼を
今日という日に祝福を
今を生きる君に感謝を
ありがとう
今日の僕は、雨模様。
前を歩く子、晴模様。
横を歩く君、曇模様。
周りのみんなが違う天気。
土砂降りの雨もあれば、細く降る雨。
雲が多めの晴に、雲ひとつない快晴。
違うことが、おかしいことじゃない。
周りが雨だ。じゃあ僕も。
それがおかしい、それこそおかしい。
君の天気は、周りに影響されることのない天気だ。
君の、君だけの天気を。
君の天気は?何模様?