時雨 天

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8/20/2023, 2:17:48 PM

さよならを言う前に




一目惚れだったんだ――
あなたに出会う前は、ありふれた日常だった。
つまらない、そう、つまらなかった。何をしてもつまらない。
世界がモノクロに見えた。
あなたに出会ってからは、急に輝き出した。
外の世界に憧れを抱くようになり、心が躍る。
だけど、あなたと私には違いがあった。
あなたには、どこまでも遠くへ行ける足がある。私にはそれがない。
私にあるのは、泳ぐためのヒレだけ。遠くにはいけない。
あなたに近づきたかった、だから、海の魔法使いに泣いて縋った。
海の魔法使いは、笑顔で承諾してくれた。――その願いを叶えてあげよう。
そして、私の願いは叶った。足を手にいれた、どこまでも行ける足を。
立つのが難しいし、何より痛かった。でも、辛くても平気だった、あなたを思えば。
やっと、歩けるようになったと思うと、あなたを見つけた。
嬉しかったが、それも束の間だった。隣に可愛いらしい子がいた。
二人とも幸せそうな雰囲気。笑い合っている、それを見ると胸が痛い。
とてもじゃない、二人の間に、世界に入ることはできない。
ぐちゃぐちゃな感情を抱いたまま、冷たくて暗い海を見つめる。
砂浜に座り、ただ一人、孤独な私。
すると、海から海の魔法使いが現れた。

「あーぁ、せっかく人魚から人間になれたのに、気の毒だねぇ」

そのまま陸に上がると人魚から人間の姿に変わる海の魔法使い。
そして、私の隣に腰を下ろした。

「どう、足は?痛いっしょ?」

ニヤニヤと笑っているのを見て、私は睨む。

「怖い怖い、睨むなよー」

「あなたは痛くないの?」

「痛くないねぇー、魔法使いだからー」

べーっと舌を出す相手に対して、腹が立つ。
意地悪な魔法使いだ。噂で聞いていたが、意地悪だし、腹が立つ。

「私も痛くないのが良かった‼︎」

「残念ながら、お前は足が欲しいしか言っていないから」

人を馬鹿にしたように笑う。

「ちゃーんと願いを言わないとー、ってか、足生やしてやったんだから、感謝しろよなー」

「足生やしてくれて、ありがとう。でも、もういいかな」

ふと思い出してしまった、さっきの光景を。仲良く歩く二人を。
胸が苦しいし、涙が出てきた。

「別にあの人間に話しかけられたりしたわけじゃないんだろ?ただ、遠くから見ていただけだろ?」

「そうだけど……せっかく足を手に入れたのに……」

「だーかーらー、足を生やす前に何度も確認したろ?本当にいいのかーって、願い叶えるのは一度だけだぞーって」

ガシガシと髪の毛を掻く海の魔法使い。
めんどくさいというオーラが出ているのを感じる。
私は深くため息をついた。――もう海には戻れない。

「……なんでもするから、私を人魚に戻して欲しい」

その言葉を聞いた途端、海の魔法使いはニヤリと笑った。

「何でもするって本当か?」

「うん、何でもする、だから、海に戻りたい。人間の世界に憧れを持ったのが間違いだった」

海の魔法使いは、ゆっくり立ち上がると波打つ海へ向かう。
そして、海の中へ入るとこっちに手を差し伸ばす。

「何でもするなら話は別だ。人魚に戻してやるよ、お嬢さん」

また足に痛みが走る。激痛だ。それを耐えながら、一歩、また一歩と海へと向かう。
海の魔法使いに手を伸ばす。

「これからお前に自由はないからな、さよならを――」

「その前に、ありがとうだけ言っておく。ありがとう、私の願いを聞いてくれて、優しい優しい海の魔法使いさん」

一瞬、目を丸くしたが、すぐに表情が戻った。そして、ふっと笑う。
いつも側で見守ってくれていた海の魔法使いを知っていた。陰からずっとだ。
私は海の魔法使いの手を取り、深くて暗い海の底へと沈んでいった――

8/19/2023, 1:08:33 PM

空模様



どこまでも澄んだ青い空。雨になりそうな空模様ではない。
雲一つない青い空。目の前がきらきら輝いて見える。
こんな空を見ていると心が浄化されていく。
呼吸をすると肺が喜んでいるように思う。
色々な表情を見せてくれる空。泣いたり、不機嫌だったり、冷たかったり……。
どれも空だけど、一番はやっぱり――輝いた笑顔がいっぱいのように見える澄んだ青い空だ。

8/18/2023, 11:58:34 AM







母が若い時に使っていた、赤い鏡台を譲ってもらった。
まだまだ使える可愛らしい鏡台。嬉しくて、毎日そこで化粧をする。
なんだか、可愛くなれそうな気がして。
ふふっと笑みがつい溢れる。なんだか大人になったようだ。
赤い鏡台を大事に大事に使ってきた母の気持ちがわかる。
置いておくだけでも可愛いし、眺めていたい。
手鏡や起き鏡もいいけども、やっぱりこの鏡台が1番だ。

8/17/2023, 11:41:39 AM

いつまでも捨てられないもの





赤ちゃんの時に祖母が買ってくれたタオルケット。
ふわふわで、幼い時から一緒じゃないと眠れなかった。
お昼寝の時もどこでも一緒。引きずりながら、ずりずりと移動。
母に洗濯をされて、乾くのをいつまでも窓から見つめながら、待っていた。
お日様の光をたくさん浴びて、またふわふわになる。洗剤の匂いもいい匂いで、顔をついつい埋めてしまう。
ずっと、ずーっと一緒だった。ボロボロになってきて、新しいのを買ってもらっても、これじゃないとダメ、眠れない。
いつまでも捨てられない大事な大事なタオルケット。

8/16/2023, 12:01:48 PM

誇らしさ




コミュニケーションをとるのが苦手だった。
だから、自分なりに努力して、周りの人たちの話術を聞き知識を増やし、そのレベルを上げた。
この生徒がどうしたら、上手に泳げるようになるのか?
本を読んだり、上司に聞いたり、オリンピック選手の練習や解説を聞いたりして、勉強をした。
そうしたら、泳ぎは上達し、更にコミュニケーション能力も上がった。
どの仕事に対してもそうだが、勉強が必要だと思っている。
それを教えてくれたのが、自分の会社の社長や上司たちだった。
社長や上司たちの支えがあったからこそ、自分のレベルをあげられた。
私はこの人たちのことを誇らしげに思う。

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