朝食を食べ終わって自室に戻ると、部屋の片隅で黒い何かが丸まっているのに気が付いた。
奴の使い魔のコウモリではない。
奴とコウモリは魔女から急ぎの用事を頼まれたらしく出掛けている。
じゃぁ、アレはなんだ?と1歩前へ踏み出す。
ヴァンパイアハンターを職としているからか、こういった場面で躊躇はしないのだ。
近付くと丸い塊から、猫の耳がピンと生えた。
耳はこちらを向いて音を探っている。
なんでオレの部屋に猫が?
更に1歩前に出ると丸から足が4本生えた。
うん、やっぱり猫だ。
どうして部屋の片隅に?
もう一歩前へ出ようかと足を上げた所でそれは素早くドアに向かって駆け出した。
しまった、ドアは開けっ放しだ。
が、すぐに後ろのドアから声がした。
捕まえたぞ、この子猫め。あの時の恩返しとして大人しく捕まっブッ!!
後ろにはいつ帰ったのか奴が居り、引っ掻かれたであろう顔を押さえていた。
そしてそのさらに後ろで魔女が猫を抱いて立っている。
この部屋に逃げ込んでいたんだね。あの時の猫だよ。コイツが助けたっていう。アタイが引き取ったんだ。まさか猫又だったとは思わなかったけどね。とりあえず捕まえたお礼にラーメン屋のニンニク増し増し券と喫茶店のコーヒー券でいいかい?後で送るよ。
そういつもの様に一気に喋ると魔女は猫と帰って行った。
頭が混乱している。猫又って言った?
とりあえずこの吸血鬼をどうにかしないとな。
全く、朝からドタバタの1日の始まりだ。
(部屋の片隅で)
いつぞや助けた子猫の再登場。吸血鬼さん破傷風になっても死なないから安心して下さい。
その部屋に入った時からおかしいと思ってはいた。
煌びやかなシャンデリアが床から生え、天井に絨毯が張り付き机と椅子が並んでくっ付いている。
自分はシャンデリアの横に立っている。
天と地が逆さまだ。
ポケットから鍵がスルリと天に向かって落ちていった。しまった、あの鍵はこの部屋のドアの鍵だ。
天に生えた机の上にコトッと鍵が止まる。
ドアに行く為にもあの鍵を取るためにも壁を登って行かなくてはいけない。
いや、床に向かうのだから壁を降りていくのか?
シャンデリアから燭台を2つ外し、勢いよく壁に突き刺す。うん、行けそうだ。
ゆっくりゆっくり壁を進む。
壁から机へは椅子に飛び移って進むしか無いのだろう。体力的にも何回もは出来ない。1度で出来るだろうか?
視界が霞む。息が苦しい。背中が痛い。
飛び移るのに失敗して、天井に落ちたのだ。
シャンデリアが揺れている。
少し休憩したらまた再挑戦する。
この逆さまの部屋を早く出る為に。
(逆さま)
何かの童話で逆さまの部屋ってのがあった記憶だけで書きました。
その日の夜はいくつかの出来事が重なった。
シンデレラは舞踏会へ、眠り姫は糸車の針を、白雪姫は毒リンゴを、人魚姫は陸上へと。
魔女達は大変だ。魔法、呪いの維持と管理を一度にしないといけない。
それはそれは寝れないほどに忙しく大変な作業なのだ。
少しでも魔法、呪いに綻びが出たらその物語は崩壊してしまう。
魔女達は自分達に魔法の薬をかける。寝ない為の魔法薬だ。
眠気と、維持管理のプレッシャーに抗いながら今夜も魔女達は眠れない夜を過ごす。
(眠れないほど)
カフェインを濃縮したその魔法薬は一般的にドリンク状に加工され、今でも購入可能だという。
ガバッと布団をめくり起き上がる。
嫌な寝汗をかいていた。
井戸に落とされて溺れる夢を見たのだ。
身体を確かめる。
お腹にゴロゴロとした異物が入っている事に気付く。
石だ。
ガバッと布団をめくり起き上がる。
嫌な寝汗をかいていた。
お腹をさすって異物が無いことを確かめる。
ベッドの横に猟銃を構えた猟師が立っている事に気付く。
ドンッと猟銃が火を吹いた。
ガバッと布団をめくり起き上がる。
嫌な寝汗をかいていた。
周りを見回し猟師が居ないことを確かめる。
代わりにオオカミが立っている事に気付く。
大きな口に飲み込まれる。
外から声が聞こえる。
おばあちゃ〜ん!赤ずきんがパンを持ってきたよー!入るねー!
(夢と現実)
赤ずきんちゃんのオマージュ、夢の中の夢?それとも現実?
あぁ、またあの目だ。
蔑むような、見下すような、軽蔑の目。
どこに行ってもあの目が追ってくる。
鬼退治に失敗した俺は、居場所を無くし彷徨うだけの存在に成り下がった。
一緒に闘ったお供達はさよならも言わずいつの間にか散り散りになっていた。今は独りだ。
おじい、おばあの家も空き家になっていて、どちらも同じく知らない間に居なくなっていた。
俺ももう限界だ。いや、既に限界を超えている。
このまま俺もさよならは言わないで去ろう。
もう一度鬼を倒しに。
(さよならは言わないで)
桃太郎のオマージュ、鬼退治に失敗した世界。