その日の夜はいくつかの出来事が重なった。
シンデレラは舞踏会へ、眠り姫は糸車の針を、白雪姫は毒リンゴを、人魚姫は陸上へと。
魔女達は大変だ。魔法、呪いの維持と管理を一度にしないといけない。
それはそれは寝れないほどに忙しく大変な作業なのだ。
少しでも魔法、呪いに綻びが出たらその物語は崩壊してしまう。
魔女達は自分達に魔法の薬をかける。寝ない為の魔法薬だ。
眠気と、維持管理のプレッシャーに抗いながら今夜も魔女達は眠れない夜を過ごす。
(眠れないほど)
カフェインを濃縮したその魔法薬は一般的にドリンク状に加工され、今でも購入可能だという。
ガバッと布団をめくり起き上がる。
嫌な寝汗をかいていた。
井戸に落とされて溺れる夢を見たのだ。
身体を確かめる。
お腹にゴロゴロとした異物が入っている事に気付く。
石だ。
ガバッと布団をめくり起き上がる。
嫌な寝汗をかいていた。
お腹をさすって異物が無いことを確かめる。
ベッドの横に猟銃を構えた猟師が立っている事に気付く。
ドンッと猟銃が火を吹いた。
ガバッと布団をめくり起き上がる。
嫌な寝汗をかいていた。
周りを見回し猟師が居ないことを確かめる。
代わりにオオカミが立っている事に気付く。
大きな口に飲み込まれる。
外から声が聞こえる。
おばあちゃ〜ん!赤ずきんがパンを持ってきたよー!入るねー!
(夢と現実)
赤ずきんちゃんのオマージュ、夢の中の夢?それとも現実?
あぁ、またあの目だ。
蔑むような、見下すような、軽蔑の目。
どこに行ってもあの目が追ってくる。
鬼退治に失敗した俺は、居場所を無くし彷徨うだけの存在に成り下がった。
一緒に闘ったお供達はさよならも言わずいつの間にか散り散りになっていた。今は独りだ。
おじい、おばあの家も空き家になっていて、どちらも同じく知らない間に居なくなっていた。
俺ももう限界だ。いや、既に限界を超えている。
このまま俺もさよならは言わないで去ろう。
もう一度鬼を倒しに。
(さよならは言わないで)
桃太郎のオマージュ、鬼退治に失敗した世界。
俺達は生きる為にどうしても襲わないといけなかったんだ。それが自然ってもんだろ?
その為にコチラが犠牲になるいわれはない!それを防ぐ為にコチラは反撃しただけだ。
大きなテーブルを挟んで言い争いが続いている。
一方は生きる為、一方は殺されない為。
光と闇、弱肉強食、ヤッタヤラナイ、ヤラレタラヤリカエス。
じゃぁ俺達は飢えて死んでもいいってのか!?
私達じゃなくちゃんと処理された食べ物を買って食えばいいじゃない!!
お前達の生き方をコチラに押し付けるな!!
だったらコチラも反撃したっていいじゃない!!
どちらの言い分も正しいのだが、どちらも自分達の主張に意地になっているのだ。
その狭間で、正誤の狭間で、光と闇の狭間でその主張をまとめる自分はいったいどちら側なのだろう?
(光と闇の狭間で)
童話上で襲う側と襲われた後反撃する側で言い争いをしているようだ。アナタはどちら側に居るの?
最近、距離感がおかしい気がする。
ヴァンパイアハンターであるにも関わらず吸血鬼を助け、その使い魔のコウモリと喫茶店に行き、吸血鬼とはラーメン屋に通い、奴の屋敷で暖炉にあたって日々を送っている。
このままでいいのだろうか?
奴を殺してしまえばこの仕事も終わるというのに、奴が不死であるから仕事に終わりはない。
流石にヴァンパイアハンター協会のある街に居る妻の事も心配であるし、悩みどころだ。
そこに誰か喫茶店に入ってきた音がして、自分の座るボックス席に座って来た。
怪訝な顔をしつつ相手を見ると、すぐに相手の方から喋りかけてきた。
今日は口を火傷してないようだね。それと座ってからなんだが相席いいかい?あ、店員さん!『もはやお茶風味の牛乳的なミルクティー』1杯ちょうだい。アイツは一緒じゃないんだね。
そう一気に言った相手は、先日薬を貰った魔女だ。
この魔女も距離感が狂う勢いがある。
今の奴の具合や、心を見透かすようにオレの悩みを聞かれ思わず悩みを打ち明けてしまった。
そりゃ、協会が悪いね。不死なんだから殺せない。それをこんな若い奴に押し付けるなんてね。協会のお偉いさんに薬盛ってやろうか?
ヒヒヒっと笑う様な仕草をしながら自分の悩みに共感される。
全く、不思議と引き込まれる距離感の狂いが怖い。
(距離)
ハンター君、チョロいくらい自分の事話しちゃうから付け込まれてるんじゃ?