「手を繋いで」と老人ホームから帰る時に祖母は必ずそう言って両手をだした
ぎゅっと握る、その細く血管の浮き出た働き者だった手は、私より小さいのに力強く温かかった
「また来るね」
そう言って握り返しても、祖母は離さない
何度も確かめるようにぎゅうぎゅう私の手を握り繋いだら
祖母は手を離して寂しそうな目をした
何度も手を振った
もう、その両手はこの世界にはない
でも、私はあの両手の温かかさと力強さを忘れた日はない
言葉よりも強い愛だったから
忘れることなど、逃げることなど、切なくなるなど
出来ないのだ
裏切れない両手の約束なのだ
部屋の片すみで、両親の怒鳴り合いに怯えてた
子供の私は、それくらいの力で自分を守るしかなかった
大人の私は、外に出る力をもったけれど
年老いた両親は今でも怒鳴りあう家
私は今でも子供の時の部屋の片すみで怯えてた自分と変わらない
いつになったら、私は部屋の片すみから立ち上がれるのだろうか
眠れないほど、あてのない未来が怖い
眠れない、自分の将来が怖い
寒い夜空にオリオン座はあんなに光っているのに
地球にいる私も未来も真っ暗だ
眠れないほど独りでいる夜
子供の頃は叶えられると思ってた全部の夢
花屋さん、お嫁さん、お母さん、漫画家、たくさんの夢
自分よりずっと大きな大人があたりまえに叶えてる
自分も大人になったら叶えられると信じてた
大人になっていくと
ブレーカーが落ちたように1つずつ消えて暗くなる
現実
一緒に1つずつの夢も消えていく
気がつけば何一つ残らなかった夢
あの頃あこがれていた大人のように
子供達から私はどんな大人にみえているのだろうか
さよならは言わないで欲しい
そんな事を瞳で訴える末期癌の叔父
江戸時代の言葉でさよならは
「左様なら」さようならば、これでお別れを意味する
いやだよ
私はまだまだ叔父さんにたくさんの用があるんだよ
いかないで
そんな言葉を飲み込んだまま2ヶ月後には
叔父は亡くなった
私は大人なのに葬式で1番泣いた
私は今でも叔父にさよならを言えていない