:過ぎた日を想う
不思議なもので、過去を振り返れば幸福よりも惨めな自分に目が向く。苦い後味と重い影が、付き纏う。
私の好きなボカロPさんの曲のひとつに、〝戻れない苦しみを後悔と呼ぶなら〟って歌詞があって。初めて聴いた時、捉えきれずにいた心中の靄が、ぴたり、形にはまった気がした。
:星座
家のまわりは街灯が沢山あるし、夜中でも明かりがついている建物が多い。安心安全な夜道をありがとう、と思うけれど、星なんて一等星くらいしか見えないので当然星座を楽しむこともできず、少し寂しい。
唯一星座を見ることができたのは、小学5年生で一泊二日の校外学習に行った時。宿舎の近くには住居や建物がなく、街灯も殆どない、ほぼ真っ暗闇の中でナイトハイクをした時、満天に星々が煌めいていた。こんな景色プラネタリウムでしか見たことないよ、ってくらい満天に。天の川も見えて、友達と一緒になってはしゃいで、「綺麗だねぇ」って話していたのが懐かしい。
:たそがれ
たそがれ、誰そ彼、黄昏。夕暮れ。比喩的に、盛りを過ぎて勢いが衰える頃の意。
『ゲド戦記』の挿入歌である「テルーの唄」、エンディング曲である「時の歌」は、言葉そのままの意味でも、比喩的な意味でも、歌詞や曲調に〝たそがれ〟を深く感じて好き。この2曲は、歌詞も調も対になっている気がして、2つで1つなようで面白い。
:きっと明日も
起床から就寝まで、毎日ある程度同じ流れを辿る。いつの間にか出来上がっていた習慣。無意識下で回るサイクル。きっと、明日も。
だけど、全てが同じということはなくて。染みついた習慣の中で、日毎違った時間を過ごしている。それが重なって、物の見え方や考え方、自分らしさが変わっていくのかな、って、最近そういうことを考えた。
今日は好きな漫画の最新刊の発売日だったので、帰り道に本屋に寄った。目当ての漫画を買って即帰宅、のつもりだったけれど、目に入った試し読み用の冊子の絵に惹かれて、つい立ち読み。話も好みだったから、財布と相談して後日買いに行くかもしれない。私の今日のニュースはそれ。
:別れ際に
別れ際に、「またね」と言われると嬉しい。
相手の中で自分との〝また〟があることが嬉しい。
お題を見て、卒業したVtuberの最後の言葉を思い出した。一つの物語としても好きだったけれど、何よりその在り方が好きだった。配信終わりは毎回必ず「またね」で締めていたのに、卒業配信の終わりの言葉は「じゃあね」で。喪失感が一気に押し寄せてきて、だめだった。