フィクション・マン

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6/29/2025, 4:18:11 PM

『青く深く』

ある日、家の近くにある浜辺で散歩をしていると魚釣りをしている人がいた。
普通は堤防や漁港で釣りはするもんだろうと思ってたが、どうやらサーフフィッシングの方のようだった。
俺は気兼ねなく挨拶を交わす。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
釣りをしていたのは見知らぬ人で、魚顔のおじさんだった。
「なにか釣れましたか?」
俺がそう聞くと、おじさんはニコニコした表情で頷いた。
「えぇ、沢山釣れましたよ」
そう言うとおじさんは高速でリールを巻き、魚をこっちに寄せていた。
大きな魚影がこちらに近づいてくるのが見えた。ここら辺で釣れる魚はシロギスやマゴチ、ヒラメである。
あのデカさだと…おそらくヒラメかな?なんて考えた。
俺は何が釣れたんだろうと近づいてくるそれを見つめていると、魚でないことがわかった。
……ゴミだ。おじさんは、ゴミをつりあげた。
「あー……」
俺がなんて声をかければいいか考えている間に、おじさんはそのゴミを引きあげてクーラーボックスに入れようしていた。
クーラーボックスの中には色んなゴミが沢山で、空き缶やペットボトル、袋なんかが沢山入っていた。
魚を釣ってる訳じゃないのか…と、俺は困惑した。
おじさんの顔は、ゴミを釣りあげたはずなのに、なぜか幸せそうな、達成したような顔をしていた。
「……………」
なんなんだろう?この人…と思いながらおじさんを見ていると、おじさんは俺に話しかけてくる。
「あ、これは失敬…なぜゴミを集めているのか、疑問を持たれていることでしょう」
「え?あ!はい!」
おじさんは海を見つめながら指を指す。
「ここ一帯の魚達はゴミによって苦しめられているのです。マイクロプラスチックを小さな餌と勘違いした小魚たちが消化不良で亡くなってしまったり、廃棄された釣り糸や網に引っかかってしまったまま亡くなったりするケースが多く……とても見てはいられない惨状なのです」
おじさんにそう言われ、遠くの方に目をやると、確かに色々なゴミがふよふよと浮いているのがわかった。
おじさんの顔は、とても悲しそうだった。
「綺麗な海が人間の手によって汚されていく過程を見るのは、本当に腹立たしく…そして、悔しい気持ちでいっぱいなのです」
おじさんは静かにそう俺につぶやくが、表情は怒りと悲しみでいっぱいだった。
「……君には、そうなって欲しくありません。ゴミを掃除する立派な人間になれとは言うつもりはありませんが…不法投棄をするような人間には、なっては欲しくないのです。
法と秩序を守り、そして自然を愛し、健全で健康に生きていてくれれば…それだけで立派なのです」
おじさんはやさしい微笑みで俺にそう言った。
俺は、そんなおじさんの言葉に心を打たれた。
俺の父親は漁師で、よく俺を小型船に乗せて釣りをさせてくれていたのだが、その父親がゴミを見つける度に、それを回収して文句を吐いていたのを思い出した。
俺はその時、小学生ながら父親のその姿が誇りに思った。
おじさんの言葉で、自分の思い出が蘇り、俺はふと周りの浜辺を見渡す。
海ばかりゴミが酷いと思っていたが、砂に埋もれているゴミがあちらこちらに散らばっていた。
俺は、黙って周りのゴミをかき集めた。
そんな姿を見たおじさんは、驚いた顔をしたあと、すごく優しい顔になって、ありがとうと、呟いた。
二人で夕方近くまで海を掃除し、おじさんは俺にもう一度感謝の意を述べると、どこかへスタスタと去って行った。
なんだったんだろうあの人は…ボランティアの方かな?と思いながら、俺は家が近いのでまた夜遅くなるまでゴミを拾うことにした。
大量のゴミを持って家に帰った時、母親に驚かれたのは今でも覚えている。
でも、俺のした行動を母親と父親は褒めてくれた。
俺は、これからはボランティアに参加して、ゴミ拾いを心がけようと思った。
そしてとある日のことだった。父親が漁の仕事を出かけに行った際、天気は良好で雨が来るはずなかったのに、突然の豪雨が襲った。
波は荒れ、父親の小型船は瞬く間に大波に飲み込まれてしまった。
しかし、父親は無事だった。沖から数百m離れた所で波に飲み込まれたはずなのに、父親は無傷だったのだ。
たまたま自身の船の様子を見に出歩いていた漁師に救助された。
父親はあの時の出来事を俺に話してくれた。
「船が荒波で揺れ始め、とうとう転覆してしまったとき、俺は死んだなって思ったよ。
海に投げ出されて、すぐに飲み込まれてしまった。
洗濯機みたいにかき回されて、上へ上へと泳ごうとしても全然浮上しない。
意識が朦朧としてきて、気絶しかけた時、俺は誰かに腕を掴まれたんだ。
いや、掴まれた…と言うよりは、あれは噛まれていたのかもしれない。でも、甘噛みだったよ。まるで犬が俺の腕を優しく噛んで引っ張って岸へ運んでくれるようにさ。
海の中は暗くて誰が俺の腕を引っ張ってるのかはあまり分からなかったが…その黒い物体を見た感じ…多分魚だな、あれは。
でっかい魚さ。なんの魚かは知らないが、それでも、その魚が俺を助けてくれたのは間違いない。
俺はその後、浜までその魚にぶん投げられて、俺が浜辺でぐったりしてると、声が聞こえてきたんだよ
『ありがとう』
ってな」
俺はその時、あのおじさんの言っていたことが分かったような気がした。

「このゴミ掃除を面倒臭いと感じる人はいるかもしれない……そう思うのは当たり前のことでしょう。
しかし、我々はこの星で生まれた同じ生命体です。この行動は互いに助け合い、共存していく上で事欠かない行為なのです」

俺は、これからもゴミ掃除をしようと思った。
この海がこれからも、魚達にとって、青く、広く、深く、そして綺麗で住みやすい場所であって欲しいから。

6/29/2025, 3:42:05 AM

『夏の気配』

6月だというのに、雨が降らず晴れが多い。
そのせいで、気温は三十六度にもなって、とてつもなく暑い思いをしている。
僕はその日、土曜日だったんだけど部活をしに学校へ向かっていた。
吐き気が出るほどの猛暑日で、もう夏なんじゃないのかと思い込んでしまうほどだった。
どこが梅雨時期なんだよー…もう…と、思いながら汗を大量にかきつつ、途中自転車から降りて水分補給をとる。
今日はいつにも増して暑い日だった。
その時、僕の目の前を羽音をたててなにかが通った。
突然のことだからびっくりして自転車を倒してしまう。自転車を立ててると、なにやら虫の鳴き声が遠くから聞こえてきた。
……ミーン…ミーン…。
え???セミ!?
耳を澄ますと、遠くからセミの鳴き声が聞こえてきた。
しかも、方向的に学校の方面からだった。
まだ六月だというのに、暑いからセミが起きちゃったのかな?と考えた。
とりあえず自転車に乗って僕は学校へ向かった。
やっぱり、学校へ近付いてくるとセミの鳴き声が強まってきた。
ていうか、セミってこんなでかい鳴き声するっけ?と疑問に思った。
そして、学校に着いた瞬間、やっぱりセミの鳴き声が校舎から聞こえてきた。
時間的に、部活が始まるまで少しあるため、昔から昆虫に興味があった僕は、セミの鳴き声を辿ることにした。
グラウンドに生えている木の近くからするので、その木に近づいてみる。
近づいた瞬間、セミは鳴くのをピタッと止めた。
木をまじまじと見てみると、三匹のセミがまとまっているのがわかった。
セミは一切動かずに止まっていた。
あれ?今鳴いてたよな?
僕もジーッとそこでセミを見つめながら佇む。
「…おい…まだ見てるぞ…」
「どうするよ…?やっぱり鳴くのはまだ早かったか…?」
「いやでも…今年は暑いしさぁ…しょうがなくない?」
「夏を伝えるのが俺らの役目だが…今回はちょっと早かったかもなー」
当たり前のように、セミが喋り始めた。
僕はその異様な光景に目を奪われて、何も喋ることが出来なかった。
「多分この会話も聞かれてるだろうよ」
「じゃあ喋るのやめるか?」
「うん。喋るのやめて早く鳴こうよ。夏が近付いてるのを知らせるチャンスだよ!」
「それもそうだな」
そう言ってセミはこっちの方を向いて僕に喋りかけてきた。
「おい人間、セミが鳴くにはまだ早い時期って思ってはしないかい?あのな…俺達は暑けりゃいつだって出てくるんだぜ」
そう言って、セミは思いっ切り鳴き始めた。
耳をつんざくくらい、とてもうるさいその鳴き声は、耳を塞がざるを得ないレベルだった。
「いっ……!!!!」
鼓膜が破れる!!やばい!!!
僕はその場から離れることにした。
自転車置き場まで走って、僕は耳から手を離す。もう少しで鼓膜が破れてしまうところだった。
頭がさっきの鳴き声のせいでガンガンしていた。
それにしても…さっきのセミ達はなんだったのだろうか。喋っていたし、普通に意思疎通出来そうだったし…。
色々と考えたが、よく分からなかった。
とりあえず、もう一度耳を澄ませてみる。
……セミの鳴き声は、もう聞こえなかった。