朝起きて、今日はせわしいことがないから、のんびり顔を洗う。
近眼なので鏡に近づいて、たまには自分の顔をよく見てみる。
…!
純白の毛が鼻から一本のぞいている。
白髪?鼻毛の白髪?スゲー!え、いつから生えてんの?
ここまで伸びるまで気づかないなんて、ビックリだ。
鼻の中は黒毛ばかりで居心地悪かったろうに
よくぞ成長したもんだ。一人ぼっちでよく頑張った。
まあ、しかし見つけてしまった以上放置するわけにはいかない。
まだ鼻から出てきてはいないが抜かしてもらおう。
てやっ!!
・・・へっくしょい!
ん?…!
デジャブというやつか。
純白の毛が鼻から一本のぞいている。
いや、まあ二本あったんだな。白鼻毛。
そうか一人ぼっちではなかったのか。
ともに成長してきたんだな。悪い、悪い。
てやっ!!
・・・もうないな。
純白の二本の亡骸を一緒にティッシュに丸めて葬った。
(二人ぼっち)
でっかく当たる宝くじを買う。
当選発表までの取らぬ狸の皮算用。
その間の夢を買うなんて人もいる。
何だその負け覚悟の格好つけは。
冗談じゃない、買わなきゃ当たらないから買うんじゃ!!
そして買ったその日から儀式は始まる。
当たれ~当たれ~と念を込める。キエェェェー!!
円を描くように踊りながら祈祷をする。ホニャラヘ~♪
神棚に上げて柏手を打つ。パンパーン!
夢が醒める(当選発表)その日まで
家族を涙目にさせる奇行は続く。
(夢が醒める前に)
買い物帰り家に向かう途中、姉から電話がかかってきた。
なんでもないそうだが姉のなんでもないは特に長い。
通りかかった誰もいない公園のベンチに腰を落ち着ける。
いい天気だな…、姉と会話を続けながら青い空を見上げた。
突然ふわりと黒い翼が目の前に舞い降りた。
ベンチから2、3メートル。近い。
いつもいるカラスより若干小ぶり、メスかな?
美しい。艶やかな濡れ羽色に目を奪われた。
しゃべりながら自分を見つめる人間を不思議に思ったのか
カラスはこちらを向いて小首をかしげた。
(くわっ!くゎ・わ・い・い~~~~~!!)
可愛い!あざと可愛い!
吸い寄せられるように立ち上がり、一歩踏み出す。
逃げない。戸惑っているようだが逃げない。
戸惑ってる感が更にあざとい!
胸の高鳴りを抑え更に一歩…
急に無言になった私に姉が何かわめいている、知らん。
だがその目の泳いだほんの一瞬に、軽やかに半回転したカラスは
あわてて青い空へ飛び去ってしまった。
あぁ、行ってしまわれた…
いやはや、久しぶりに魂まで奪われてしまったな。フフッ。
ふいに電話がかかってきた。姉から…いけね、電話切れてた。
今のペナルティ分、更に長い通話が始まった。
(胸が高鳴る)
私が成人した時に父が
社会には不条理なことがいくらでもあると教えてくれた。
いちいち心を動かさずに常に冷静を保つように。
あの頃の私は不条理にいちいち
目くじらを立てる人間だったようだ。
父よ、ご安心下され。
いまや心を動かすどころか、お題をみて
不条理の意味を検索してみるほど
呆けた人間になりましたよ。
(不条理)
懐かしい小さい頃の話。
兄が家に帰ってきたので遊んでもらおうと
待っていたが、なかなか部屋から出てこない。
そっと部屋を覗きに行ったら部屋にいない。
…?そのときは不思議に思っていたが
なんか別なことに興味がいったのか、すっかり忘れていた。
何年か経って、兄から
「どうしても泣きたくなったら押し入れ貸してやるからな」
と言われた。
そうか、あの時泣いてたのか。
確かに兄の泣いてるとこは見たことなかったな。
いまや私は荷物を詰め込んだあの押し入れに
入り込めるガタイでは無く、兄もこの家を出て久しい。
なので泣きたくなっても…まあ、我慢するか。
(泣かないよ)