小さな手
大きな手
たくさんの手を包む、暖める
今年も
ずっと変わらない
来年もまた、彩る
短くなる冬を
イブの夜
今年はクリスマスが平日。
つまり、目一杯楽しめるのはイブ、イブイブだけ。
そう言っていきなり旅行を提案してきたのには驚いたけど、なんや勘や言って楽しいものだった。
ゆったり温泉に浸かったり、
美味しいものを食べたり、
綺麗な雪景色を見に行ったり、
静かになった部屋でトランプしたり、
当てもなく散歩してみたり。
今までで一番と言っていいほど、楽しかった。
久々に思いっきり、羽目を外して遊べたと思う。
これでもう少し頑張れそうだ。
そして、来年も頑張れる。
きっと、再来年も、その次も、ずっとずっと。
いつか一人になった時も、もう、迷わないだろう。
教えてもらった、たくさんの気持ちも、言葉も、意味も、全部、全部。
大切にしてくれたのは、いつも。
きっともう使うことはないけれど、心の奥の小さな箱に、目一杯、ギリギリまで、詰められるまで詰めた。
思い出は失わないように。
記憶からなくなっても、習慣だと口癖だとか、そういうものに貴方が残っていればいい。
だから、忘れないでいて。
この雪は溶けるけど、
クリスマスは終わるけど、
夜は明けるけど、
みんなは動き出すけど、
二人だけは、変わらないでいて。
貴方だけは。
ススキ
学校に向かう途中、背の高いススキが生えている場所がある。その向こうにはいつも人影があって、背の高い髪の長い人だ。顔を見たことはないし、なんならシルエットしか知らない。でも、僕らにとっては綺麗で、とてもかっこいい人だという認識が生まれていた。その人はそのまま、ススキにいる(多分)お姉さんで、ススキさんと呼ばれていた。
昔、僕の親戚にも似たようなお姉さんがいた。とても長い綺麗なロングヘアーで、肌が白いおばけのような。でも、僕にとっても優しくて、憧れだった。
友達と一緒にそこを通ったり立ち止まって見えないか軽く探ってみたりもした。でも、誰もススキで覆われている先を見てお姉さんの正体を確かめようとする人はいなかった。夢を壊したくなかったのか、会っても意味がないと思ったのか、他に興味があったのか。僕にはわからないけれど、何日かする頃にはみんな飽きて、他の方に興味を寄せていた。僕も子どもだけど、子どもは移り変わりが激しいなと思った。そして、熱心にススキを見る僕はいつのまにか変人扱いされるようになった。
ある日、僕はススキの先を見ることにした。
ススキが枯れたらどうせその先が見えるからと何もしないでいた友達のことを思い出した。でも、ススキが枯れてからだとお姉さんが、ススキさんがいなくなってしまいそうな気がした。ススキをかき分けて奥に進んでいく。僕は時間がかかることを覚悟して時計と、軽いおにぎりを持ってきていた。でも、余計だった。なぜなら、思っていたよりあっさりと、ススキの向こうに辿り着いたからだ。まぁ、お姉さんの影が見えるくらいだし、そんなにたくさんあるわけはないんだけど。そして、ススキさんを探して首を左右に振る。でも、そこにお姉さんの姿はなく、小さなお墓がポツンと立っていた。そこに近寄ると、僕と同じ苗字がかいてあった。下の名前は読めなかった。自由帳を持ってきていた僕は、その名前をメモして、墓の見た目をかいて家に帰った。
その名前を見せると、おかあさんはこの名前、、、と言って悲しそうな顔をした後、すぐいつも通りに戻ってこれは、親戚のお姉さんの名前だよ。と教えてくれた。親戚といっても近くに住んでいて、僕が小さい頃はよく遊んでくれたという。僕は、記憶の中のさらさらの髪と優しい笑顔を思い浮かべた。お姉さんは僕が4、5歳くらいのときに引っ越したときいた。なんでお姉さんの名前がかいてあるのかわからないけれど、他の場所にも名前みたいのがかいてあったから、そういうものなのだろう。次の日、僕はお墓に行った。
家に生えている花をおかあさんにおゆるしをもらってから取って来た。だって、お姉さんの名前が入っているくらいだから、お姉さんの大切な人だろう。お姉さんの大切な人なら、僕も大切にしたい。
それに、この場所は不思議でお姉さんと遊んでいたことがよく思い出せるような気がする。僕は、この場所を秋だけの秘密基地に決めた。
もちろん、今もだれにも教えてないよ。
あなたの名前を呼ぶ。
きっと助けてくれると信じて。
きっと気づいてくれると信じて。
希望を持って。
あなたの姿を探す。
きっと来てくれると信じて。
きっと手を取ってくれると信じて。
あなたの優しい声が耳に響く。
手を伸ばすと、あたたかい感触が伝わる。
あなたの香り。
いつだって希望を与えてくれる。
そう、信じている。
暗がりの中でも。
信じるものがある、私は強い。
甘く少し大人な香りが鼻をかすめた。
この香りを嗅ぐと、いつもあの人のことを思い出す。
あの人が通った後はいつもその香りで満たされていた。
行きつけのカフェで彼を見つけたのが始まりだった。
初めて見る彼は、とても美しい人だった。
本を読んでいて、ページをめくる所作も、動く目線も、時々紅茶を口に運ぶ姿も、どれもが綺麗だった。
そんな彼に見惚れていた僕は、痺れを切らした店員が注文を聞きにきた時ようやく我にかえった。
焦って紅茶。
それとついさっきまで目に映っていた、ケーキを頼む。
いつも紅茶ばかりだったのでケーキの注文にやや戸惑ったが、何とか頼むことができた。
少し安堵しつつも、もう一度彼に目を向ける。
すると、彼がこちらを見て笑っていた。
微笑む彼は、本を読んでいる時と違って柔らかな表情をしていた。その笑みの中に憐れみのようなものを感じて、自分が注目されていることに気づく。いつもと違うケーキを頼んでしまったばっかりに。
焦る自分が思ったより多くの人に見られていたようだ。
恥ずかしく顔を赤くしながら顔をふせる。
しばらくしてケーキが運ばれてくると、ついさっきの羞恥など忘れてしまうほどに感動した。運ばれてきたケーキは、王道のいちごショートケーキ。迷いに迷って結局これにした。でも、間違いじゃなかった。これにしてよかった。綺麗な生クリームに包まれたスポンジはしっとりとしていて、上に乗ったイチゴは宝石のように輝いている。これは、もっと早く頼んでいればよかった。それに、紅茶がまた合う。程よい甘さのケーキと、さっぱりとした紅茶がとても合う。本当に何で今まで頼まなかったのか。自分の行動が悔やまれる。ケーキを前に一人で百面相していると、くく、と笑い声が聞こえた。声の方を向くと、彼が、顔をくずして堪えるように笑っていた。少し幼い笑みに、思わず目を奪われる。彼の笑いが収まると、目が合う。そして、また笑いながら唇の端を指差す。色っぽい仕草に目を奪われながらも、意味を探る。長い間彼をむつめて、ようやく理解する。ナプキンで口を拭き、彼の揶揄うような笑みにムッとしつつも紅茶を口に含む。やはり美味しい。彼もここの紅茶を気に入って、また会えたらいいなと思った。その後、再び読書にふける彼を横目に、僕も課題に取り組む。もともとは、課題ができる静かな場所を探してこの店を見つけたのだ。一介の課題に追われる学生としては、ありがたい。一区切りついてふと顔を上げると、いつのまにか彼はいなくなっていた。
次の日も、その次の日も、またその次の日も課題が残っているということを理由に、期待しながらカフェに行った。でも、彼と出会うことはなかった。
一週間ほど会えずに、次で諦めようと思ったその日、彼がいた。思わず彼を見つめていると、視線に気づき優しく微笑み返してくれた。いつもの席に座り、初めて彼と会った時と同じ紅茶に、ケーキを頼んだ。今度は戸惑うことなく、スムーズに頼めた。彼も、やりましたね、といったように頷いてくれた。嬉しさから微笑み返す。
毎日通ったおかげで課題も残り少なかったため、問題なく終わらせることができた。彼を見ることができて、課題も終わらせることができて気分の良い僕は、久々に掃除でもしようと思い席を立った。周りを見ていなかったため、店を出る直前方に手が掛かるまで気づかなかった。驚いて振り返ると彼が立っていた。
「えっ、、、!」
予想していなかった展開に思わず一歩下がる。
「てっきりあなたもかと思ってたんですが、、、まぁ、
すみません、いきなり。一週間ほど前、このカフェに
きていました。その時あなたを見かけて、、、」
まさか僕のことを覚えていたなんて。それに、あなたもとは一体どういうことだろう。考えてフリーズしていると、彼が口を開く。
「あの日から、思ってたんです。初めて見て、、しっく りくるっていうか。多分、何ですけど。俺、あなたが」
「ちょっと待って、、、!?」
どういう展開!?と心の中で叫びながら何とか彼の言葉を遮る。頭が追いつかない。今ここで何か言われても飲み込めないだろう。助けを求めるように彼のことを見上げる。
「、、すみません。困らせるつもりはなくて、、、そんな顔、しないで下さい。」
自分がどんな顔をしているのかわからないが、きっと酷い顔に違いない。綺麗な彼の顔を見ていると余計に恥ずかしくなる。いつの間にか、彼の腕に挟まれて壁に背を向ける形になっている。俗にいう壁ドンみたいだな、とよく分からない考えが頭をよぎる。
すると、想像していたのと違って彼はあっさり離れた。
「、、、これ、俺の電話番号とメアドです。よければ、連絡ください。いった。紅茶の苦い香りが鼻をついた。
その後、彼のことが気になったのと、いきなりとはいえ拒絶してしまう形になったのを謝りたくて、彼に連絡した。電話をかける勇気はなかったから、メールで。
すると、すぐ返信がきた。待っていたのかと思うと、少し嬉しい。彼はとても優しくて、悪いのは自分だと何度も謝ってくれた。そして、カフェにいこうと誘われた。迷ったが、紅茶を語る友達もいないから、、と言い訳して了承した。
数日後、カフェで彼と会った。
少し距離を感じる気がしたが、気にしないことにした。彼と話していると、驚くことがあった。彼はとても紅茶に詳しく、とても楽しい時間を過ごせたのだが、彼が紅茶を飲んだきっかけは僕らしい。何でも、この店で紅茶を飲んでいる僕を見て自分もと思ったらしい。僕と近付くきっかけになるなら、と勉強もしたらしい。僕なんかにそんなに熱心に?と理解出来なかったが、悪い気はしない。それに、こうして紅茶について話せるのは嬉しい。話が弾み、その日の紅茶はいつもの何倍も美味しかった。
それから何度も、彼と一緒に紅茶を飲んだ。
彼は話すのも聞くのも上手で僕は彼との時間が楽しみになっていた。彼はいつも同じ紅茶を飲んでいて、一度頼んでみたことがある。でも、僕には大人に味で砂糖を沢山入れないと飲めず、紅茶を壊してしまいそうで、もう頼むことはなかった。でも、その紅茶の香りは好きだった。彼の匂いだから。紅茶は苦手でも、彼は好きだった。この気持ちはいつからか心にあった。
彼と出会ってから1年ほど経ったとき、彼が仕事の都合で引っ越さなければならないと言った。驚きと寂しさでよくわからない感情になって何も言えなかったが、彼は僕のことを抱きしめて言った。「すぐ戻るから待ってて」と。その時の僕たちはまだ友人だった。
今でも、彼とは仲良くしている。
すぐ戻ると言っていたのになかなか帰ってこないのは、気づかないふり。彼の飲んでいた紅茶は知る人ぞ知る有名なものらしく、あれから何度か感じたことがあった。
その度に、彼のことを思い出す。
彼と一緒に紅茶を楽しんだ日々を。
とても良い思い出だが、少し寂しくもある。
早く帰ってこないかな。
僕はもう立派な社会人になった。
一人で暮らす力も十分にある。
でも、足りないから。
欠けたピースを求めるように、僕は彼を求めている。
また、甘くて大人に彼の香りが僕の鼻をかすめた。
#紅茶の香り