もしもあの頃
誰かさんの不器用な優しさを、うまく受け取れていたなら
それだけで、きっと
今より穏やかな人生になっていたんだろうな。
ー優しさだけで、きっとー
夢を見なくなった私を
もったいないと言う大人達
まだ若いんだから、って
それでもあなた達が望んでいるのは
無難に生きていく私だった。
近場で満足できるくらいの
素朴な子でいてほしかったんでしょ
金が無い、そこを出てもきっと安定して稼げない、と
行きたい高校に行かせてもらえなかった。
大学も、行かせるつもりがなかったみたいね。
「高校でたら就職すると思ってた」
「どうしても行きたいなら自分でどうにかしな。」
そうだね。
分かってたから、自分で掻き消したの。
今となっては
環境のせいにして動かなかった
怠惰な奴だと思われることもあったりするよ。
「小さい頃の将来の夢かー、、」
もう覚えてない
当時から叶わないだろうと思いながら
夢を綴っていた記憶がある。
「お嫁さん、って書いてたかな。」
多分違った でも
夢を叶えた奴らが羨ましかった。
だからなるべく叶えられそうな夢にしてしまえばいい
そう思った。
私は、怠惰なのだろうか。
ー夢見る心ー
どうにか届けようと、試行錯誤して
気付けば、形はすっかり変わってしまう。
目に見えるものではないから
人から人へ、そのまま届くわけもなく
そこにはどうやっても少しの不純物が混じる。
「そんな風に言いたかったわけじゃない」
それなら端から、口に出さなきゃ良い
届かぬまま、伝えぬままが良かったりもするのです。
悔しい事にね。
ー届かぬ想いー
日本語は、増えすぎてしまったのかもしれない。
"言葉にできない"という心情を
あっさり"言葉にできてしまっている"という
よく考えたら異様な状態に陥っているのだ。
言葉が増えたことで、感情が複雑になっていったのか、
複雑な感情を表現しようと、言葉が増えていったのか。
そんなことを考えていたら
窓の外から鳥のさえずりが聞こえてきた
嘘だろ、もう朝かよ。
ー言葉にできないー
神様を信じていた。
だって、毎週来るおばさんがこういうんだ。
「神を信じれば幸せになる」
へー信じるだけでいいなら楽じゃないか、と。
だけど遠回しに掴もうとしたからか
幸せは、どんどん先に行ってしまった。
別に神様のせいじゃない。
きっと、目の前の幸福に
満足せずにいる私が悪いのだろう。
ー幸せにー