きらめき(9.4)
夜のような人。悪く言えば暗闇のような。いつもひっそりと過ごしていて地味で孤独な少女だった。うちの時代遅れな暗い紺のセーラーがよく似合う、黒髪を伸ばしっぱなしにした典型的な陰キャ。
そんな少女のことを思い出したのは高三も冬、ピリピリとした冷たい夕焼けの下でのことだ。
いまいち勉強に身が入らず手ぶらで黒い海に向かうと、重い髪を結い上げ野暮ったいスカートを何折もした女子高生が叫んでいた。アンバランスな音程で。リズムをとっているらしい右足は地団駄を踏んでいるようで。
それでも、異国のロックをシャウトする姿はどうしようもないほど魅力的だった。
ふと彼女はこちらを振り返って、瞳を大きく見開いた。その顔はやけに清々しくて明るく輝いていて。それは汗か、飛沫か、はたまた涙だったのか。身体全体で生き生きと煌めいた彼女ははにかんで笑った。
彼女が夜のような少女と同じ人物だったのかは今でも確信が持てない。だけどあれから、少女の瞳に星が瞬くようなきらめきを見る気がしている。
些細なことでも(9.3)
「奥さん、些細なことでもいいので思い出したらご連絡ください。」
同情しているとでも言うような優しげな声を出した女刑事は、私に名刺を渡すと鋭い目でひと睨みし颯爽と帰っていった。
些細なこと。片付け忘れた洗濯カゴが定位置に戻っていた。いってきます、という前にほんの少し目を細めていた。今日の弁当はふりかけと迷って梅干しを置いたような跡があった。
些細なこと。ご飯は何がいいかと問うLINEがいつもより遅かった。帰るとごめんと言って2人が大好きな唐揚げ定食を差し出した。
起きると彼は真っ赤に染まっていた。
些細なこと。名刺を握り潰した私は永遠に連絡などしない。彼との一つ一つが、私にとって大きなことだから。
些細なことでも。目をつぶっても、開いても、世界は真っ赤に歪んでいる。