葉音

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8/13/2025, 2:08:35 PM

お題 言葉にならないもの


僕は、辞書が好きだ。電子ではなく、紙の、分厚い鈍器のような彼らが好きだ。
初めは本、いわゆる誰でも読む一般的な本が好きだったのだが、いつからかありとあらゆる辞典をめくるようになり、気づいたらその先まで手を伸ばして、とうとう辞書に辿り着いた。
気になった言葉を探すことよりも、適当に開いて、そこから目に付いた言葉や文字を探す方が何よりも楽しい。
新たな発見はもちろん、新鮮さを感じたり懐かしさを感じたり哀しさを感じたり、辞書には喜怒哀楽がたくさん詰め込まれていると思う。正直、単にそれで済ませたくないのが僕の本音だ。パズルみたいにカチッとハマるものではないんだと、力説したい。
これを友人に話しても首を傾げるばかりで、さほど興味がなさそうにしている。ふーんという、お馴染みの言葉で。
それでも、数少ない友人がいる僕にとっては、聞いてくれること自体が凄くありがたい。
耳を傾けてくれるだけで、それだけで安心できる。
友人は、辞書を隠したりしないし、ビリビリに破いたりしないし、投げつけたりしない。僕のことを少しおかしな奴だと笑うくらいで、普通に接してくれている。
中学生の時、辞典を抱えた僕の腕から、いじめっ子はひったくったうえ、校舎の窓から投げ捨てられ、トイレに入れられ、チョークの粉を落とされ、とまあ散々にやられた。
僕自身に危害を加えるならまだ耐えられる。自他共に認める陰キャだったから。けど、辞典が痛めつけられるのは僕にとって拷問以外何物でもないのだ。
その痛々しい傷跡を見るだけで涙が止まらなかった。
叫んでいたのに、鈍足な僕は助けることができなかったのだ。やられる度、新しい子を買おうかいつも迷った。本屋まで行って、手を伸ばしかけたこともあった。でも、裏切るようで、目を逸らすようで、結局どの子もツギハギだらけのままになった。彼らは今でも僕の戸棚の一番に見える位置にいる。

辞書は、友達だ。親友だ。悪友だ。心の友だ。

いつだって僕を出迎えてくれて安寧を与えてくれる。

はたして、この言葉が、僕と辞書の関係を表すものなのか未だに分からない。それこそ、辞書の中を泳いで探す旅に出てもいいかもしれない。しばらく深く潜っていないから、新種が見つかるかもとワクワクしたところで、でもと立ち止まる。

探し当てても、きっと腑に落ちないだろう。

だって、時には貪りたくなるし。これは怪獣みたいだなと思う。じゃあ捕食の関係…?
いやいや。時には抱きしめたくなるな。決して枕と勘違いしてるわけじゃない。ぬいぐるみに近いけど、感情の入れようが違う。セラピーとセラピスト…?
でも、時にはじっと見つめたくなる時もあるぞ。
何もせず、呼吸だけでいい。背表紙をずっと、ずっと。それだけで腹が膨れる、感覚がする。栄養分てことは、木と根っこ?

この感情は、関係性は、言葉にならないだろう。

きっと、いつまでも。

8/12/2025, 5:37:09 AM

お題 こぼれたアイスクリーム


カップにすればよかった。
コーンの端からゆっくりと下へ伝っていくミルクの筋を眺めながら、手につく前で唇を寄せた。危うく鼻先にも付きそうだったので、慌てて距離を取る。そして、スプーンを貰えばよかったとため息をつきながら、綺麗に巻かれていたはずの、その頂点にかぶりつく。ん、冷たくて甘い。ミルクの味が濃くて、そりゃ早く溶けるよなぁと、もう一口含んでから目の前の風景を見つめた。

ひたすらだだっ広い田んぼと、細い灰色の道と、その奥に木々と鉄塔。まさにど田舎。住めば都になるのだろうかと、一時間に一本しかないバス停の色褪せたベンチで、そんなことを思う。
あ、また、端から垂れている。持ち手に生ぬるさを感じて、慌てて回転させる。舌先を巻きに合わせてぐっと力を入れ、溝を作った。ついでにその上も垂れそうだったのでさらりと舐めとる。

暇だという理由から、バスを乗り継いで行ったことのない場所へ辿り着いた。ここが終点までの最後の停留所らしく、帰る気になったら帰る。とりあえず遠くに行こう。まぁ財布片手で大丈夫だろうと、ぶらり旅にはあまりにも雑な出かけ方に、軽い笑が響いた。

屋根の端から覗く太陽の筋に目を細め、やばいやばいと、何本目かの筋を作り出そうとしているそれに対処し続けた。
バス停の近くにポツンと立っていたお土産屋さんで、購入した。おそらくここで採れたであろう野菜とか、お米とか、味噌とか。道の駅より狭い店内の中で、入ってすぐ、登りに目がいった。こういう時のアイスクリームは美味しいと、俺は知っている。初めてのくせに確信がある。
白の布巾を頭につけて、地味なエプロンを首からかけた、いかにもザ・おばちゃんに声をかけてミルク味をもらった。
店内もスペースがあったけど、ここは雰囲気を楽しもうとわざわざ外へ出た。

目の届く範囲に、鉄がさびれて赤茶色になったバス停を発見。ベンチも青がはげていたが、座れない程ではなかった。時刻表を眺めて、こういう所はやっぱり何時間に一本だよなと納得していた所で登頂が溶け始めた。

誰も来ない。

風も、弱い扇風機並みだ。

…………。

ふぅ。自然って、こんな感じなのか。
呟いても、当たり前に流されていく。

…………。

遠くで、先ほど俺が乗ってきたバスの音が聞こえた。
そして、砂利を踏んで近づく足音。

『おめぇ、こんな暑い日に、何しとんのや。』

皺くちゃの顔が、麦わら帽子のつばが、白のタンクトップとともに現れた。

『や、息抜きっす。バス、待ってる間で。』

あぁ〜と、しゃがれた声が聞こえ、後ろを振り返る。
違う汗が滲み始めた俺は、あの、と声をかける。

『ここもうないんさ。こーへんねんな。ただの置き場みたいになっとる。時々おめぇさんみたいな若い人くるんやが…ったく看板立てとけっちゅうに。』

ザッザッとすり足でその場から消えその人は、ぶつぶつ文句を垂れて、道の駅に似た店内へ向かっていった。

ピタッ……

音に気づいて周りを見ると、靴の間に白の滴下痕があった。
コーンのしたからまた、ミルク色が滴り落ちた。

7/3/2025, 2:02:13 PM

お題 遠くへ行きたい


私の好きな本の中に、こういう言葉がある。
『孤独になるために、ひとり旅をするのかもしれない。大切なものは何だったのかを思い出すために。誰を愛するかを、思い出すために。』

こういう気持ちになったら、本能に従って本当に一人で遠くへ行くのも良いかもしれない。
きっと、その選択は間違ってないから。

7/2/2025, 2:44:43 AM

お題 夏の匂い


            明け方の



          空気と熱と蝉の声



            微かに残る



            花火跡




6/28/2025, 11:51:11 AM

お題 夏の気配


            じめじめと


           まとわりついた


             腕の汗


           日傘の向こうに


           わた雲ちらり

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