917

Open App
3/7/2023, 2:17:19 PM

【月夜】

スマホで推しの動画を見るのが毎日の楽しみだ。
いつも面白いのだが、なぜだろうか。時々どうしても、つまらなさが拭えなくて、動画を閉じることがある。
気分転換に大好きな曲を流してみるが、どうにもヒマを持て余している感が埋めきれなくて……まだ再生中にも関わらず、曲を止めた。

ならば、他の事をしようと、スマホをいじってみるが、これといって、特に何もすることは思い浮かばない。
こうなってしまうと仕方がないので、いつもより早めの時間だけど眠りにつこうと、ふとんの中にもぐる。ただ眠ろうと思っても、案の定すぐには眠れない。ならば、このヒマな時間を有効に活用してやろうという野心で、ありとあらゆる妄想をひねり出すが全く続かない。

時々ハマってしまう、この"味気なさ"しか感じられない負のループは何なのだろうか?

いつもは、ループにハマってしまうと、無気力になり、テンションは急速に低下し、心がへこんでしまう。
しかし、今日は、窓際に淡く照らし出された月夜の光に目を向けたからか、なんとも言葉では表しにくい感傷に浸ることができた。別に気力は増さないし、テンションが高まるわけでもないのだが、"いつもの"とは違うだけで感じる謎の高揚感は……一体、何なのだろうか?

3/6/2023, 2:52:28 PM

【絆】

運命の赤い糸、という言葉を聞いたことがある。
そんなものが本当にあるのなら、今すぐにでも見えるようにして、分かるようにして、安心させて。

彼と私は、彼女と私は、あの子と私は……
"その人"と私で一つの関係性が成り立っているのなら、恋でも、友情でも、愛でも、嫉妬でも……
"その人"と私が繋がっている理由なんて、どうでもいい。繋がっていられる気持ちが何であろうと、きっと私は許せるから。

"その人"だからこそ、私は仲良くしていたい。
話したい。会いたい。待ちたい。伝えたい。聞きたい。見つめたい。抱きしめたい。想いたい。愛したい。
どれだけ貴方が私のことを妬み、嫌い、憎んでいても、どれほど私が貴方のことを妬み、嫌い、憎んでいても、いつかは、忘れがたく、離れがたく、かけがえのない。そんな絆になるでしょう。
きっと……そうなるだろうと、今だけは信じさせてね。

3/5/2023, 1:34:52 PM

【たまには】

散漫とした気分に囚われてばかりの毎日。
それがイヤで、すごくイヤで……もう、何をすればいいのか分からないから、どうにもできない。けれど、気休めに書く、その時間が本当に大切なのだと知っている。

「言葉は、一度言ったら飛んでいき、取り消せない。」なんて、昔ある書物に残された言葉を今に知れるのは、なぜか?
きっと言葉を話すと飛んでいくなら、あらかじめ言葉が飛んでいかないよう何かに書き留めておけばいいからに他ならない。

「おはよう」や「いただきます」も、
「いってきます」や「いってらっしゃい」も、
「こんにちは」や「ありがとう」も、
「すみません」や「ごめんなさい」も、
「こんばんは」や「さよなら」も、
「ただいま」や「おかえりなさい」も、
「ごちそうやま」や「おやすみ」も、

それら全てが日々の生活のどこかの誰かと交わされて、立ち止まり、考え、受け止められている。
どれだけ言葉にするのが億劫で挨拶すら言えなくても、その反省を今ここに書き連ねておけば、私の想いは空の彼方へと飛んでいかずに済むだろう。
ただ、風に飛ばされてフヨフヨと浮かぶバルーンも別に嫌いじゃないけれど……だからこそ、言葉を書き留めるのは、"たまには"がいい。

3/4/2023, 2:58:54 PM

【大好きな君に】

目を覚ませば、ほら。


……見える。見える。瞼を閉ざす程の陽光が。
窓の、網戸の、カーテンを越えた先で。


……聞こえる。聞こえる。耳に響く車の発信音が。
隣家の、庭の、アスファルトを伝って。


……香る。香る。鼻孔に馴染んだふとんの匂いが。
横たわる身体の、服の、感覚を通して。


五感が刺激されるたびに覚醒していくように感じる。
体温も、手触りも、声の出し方も、身体の動かし方も、全てを思い出していく。そんな目覚め。
上体を起こし、フローリングに素足で降り立つ。
フラフラ、ユタユタとした足取りでリビングへ向かう。
見慣れた廊下を通りすぎようとして、ふと足を止めた。
廊下の壁に小さく空いた正四角形のスペース。
およそペットボトル一個分の縦横比で、写真立てや観賞用のミニ苔などが置かれている。その真ん中でポツンとたたずむスケッチブックに、なんとなく手を伸ばす。

中を開くと、目に飛び込んできたのは、散り際の桜の大木のイラスト。力強く描かれた太い幹と淡く桃色に彩られた花びらは、独特な春の趣を感じさせる。
2ページ目には、雄大な山々に囲まれた湖面でただようスワンボート。3ページ目には、たくさんの紅葉と銀杏で埋め尽くされた土の地面。
ページをパラパラとめくるたびに流れていく風景画は、さながら車窓から眺める光景と似ていた。

現実に悩み苦しんでいた私に、"現実にある良さ"を教えてくれたスケッチブック。それを渡してくれた持ち主の笑顔が、今日も写真立ての中で輝いている。
せっかくの休日だから、家まで会いに行こうか。
そして、大好きな君に「ありがとう」と伝えよう。

3/3/2023, 12:10:59 PM

【ひなまつり】

学校鞄を背負って帰宅し、家の中に転がり込んだ午後6時。
灯りのついたリビングへ入ると、食卓にちらし寿司が置かれていた。

「今日は、ひなまつりだから」

そんな母の言葉で、今日が"ひなまつり"という行事がある日だと思い出す。
ここ最近は、まともに年中行事を祝うことが少なくなった。端午の節句とか七夕とか、正直どうでもいい。ただ誕生日とクリスマス、加えてバレンタインの日に、ゲームやらお菓子やら何かしらのプレゼントがもらえれば、それでいいのだ。

「あ、ひな人形、出してあげないと」

なんて、慌て出した母の背中をそっと覗く。
学校から出された課題はあるが、そんなもの知ったことではない。どうせ、寝る前か明日の朝に持ち越した後に終わらせてしまえばいいだけのこと。
母は、せっせと和室の引き出しの奥で保管されていた巨大なダンボールを床に置くと、中身を包んでいる紙の包装を丁寧にはがしていく。
フッと懐かしい匂いがした。
母の手元から、鮮やかな着物の柄が見えた。指の隙間からは、きめ細やかな黒髪や白い肌が見え隠れしている。

しばらくして、設置し終えたひな壇は、薄暗い和室の中でも輝いているように見えた。礼儀正しく座り、杓や扇子を持つ様は、さながら威厳と華やかさを感じさせる。これが、いわゆる"ひな人形"か、と改めて実感する。
こんなにも、ひな人形をまじまじと眺めることが久しぶりだったからだろうか。まるで、初めてそれらを見たかのような心地がした。


制服から私服に着替えてリビングに戻ると、食卓には、ちらし寿司の他に紅白大福とこんぺいとうが置かれていた。
……なぜ、紅白大福? 

「さくら餅、買うの忘れちゃったから、代わりの大福」

頭に浮かんだ疑問を口にする前に、すかさず母が答える。私は、なんでもかんでも顔に出やすいから、きっと眉をひそめて首でもかしげていたに違いない。その様子を見て、きっと母は瞬時に察したのだろう……多分。

席につき、母と一緒に手をあわせる。いつものことだ。父は、毎日のように仕事が長引くため、今日も帰ってくるのは深夜頃だろう。
いただきます、と母の声。
でも、いただきます、と私は言わない……というか、言うのがもどかしく感じるから言えないのだ。
お箸でちらし寿司を一口すくう。父が酢飯を嫌うから、我が家のちらし寿司は食べると白米の素朴な味がする。
ちらし寿司を食べ終えると、小皿へ雑に入れられたカラフルなこんぺいとうを、これまた雑につかんで口の中に放り込む。ガリガリガリ、と脳内に音が響く。

箱に一つずつおさまっている紅白大福。
おまけ程度にシソの葉が一枚のせられているが、どうせ食べないのでいらないと、それをどかす。
紅い餅を食べようと手に取った。

「ねぇ、お父さん、今日はもう帰れるって」

突然の母の声が一瞬だけ、私の脳をフリーズさせる。
ぎこちない動きでスマホを見てみると、一件の新着メールが来ていた。父からの……内容は確認したが、返信はしない。胸の内にある想いを、なんと言葉にすればいいのか分からないから。
行事を祝うのも悪くはないなぁ。
なんて、思いながら、学校の課題は夜の何時から始めようかと考えをめぐらせる。

Next