ミヤ

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3/2/2025, 1:22:01 PM

"誰かしら?"

柔らかな光に照らされた真っ白な病室で、祖母は僕を見て困ったように首を傾げた。

ええと…、誰かしら。
ごめんなさいね。最近忘れっぽくて。
あ、もしかして娘のお友達?
もし知っていたら教えて頂きたいのだけど、わたしの夫と娘は何処に行ったのかしら。

唇が震えるのを感じた。
否定したかった。
あなたの孫だと言ってしまいたかった。

でもね。
忘れたままの方が、幸せだと思ったから。
あなたの娘はとうに居なくて、あなたの夫もつい最近亡くなったんだと、この無邪気に笑いかける人にどうして言えるだろうか。

分かってた。
それを選べば、もう、祖母の目に僕が僕としてうつることは無いのだと。
それでも。
あなたがそれを望むなら。
それであなたが笑ってくれるのならば。
僕は、僕じゃなくてもいいと思ったんだ。


後ろ手に閉じた扉に、力無く凭れかかる。
ぐるぐると、色んな感情が渦巻いては言葉にならず、ただ奥歯を噛み締めた。

僕は、何だったんだろうなぁ。
何年も、そばにいた。
祖父が亡くなってからは僕なりに祖母を支えてきたつもりだった。
でも、結局、祖母の中にいるのは僕じゃない。
どこまでいっても祖母の家族は夫と娘の二人だけで。僕の居場所なんて何処にもなかった。

誰にも望まれず、誰の心にも残れない。
きっと。最初から。
生まれてきたことが間違いだったんだ。

…馬鹿だなぁ、本当に。

呟きは、誰にも届くことなく消えていった。
涙は、零れた端から色を失くした。
窓越しの歪んだ青い空を見上げて、
まるで、水の中にいるみたいだと、そう思った。

3/1/2025, 1:26:14 PM

"芽吹きのとき"

三月一日は七十二候の第六候“草木萌動"にあたり、
草木が芽を吹き始める時期だ。
寒さが和らぎ、春の足音が徐々に近付く日々。

だが、長い冬を耐え抜き、
眠っていたのは草木だけではない。
心しておかなければならない。
日常で小さな悪意が芽吹く、その時を。

経験上、三月から色々な問題が表面化することが多いんだよね。そういうのは得てして拗れて性質が悪い。
くわばらくわばら。

2/28/2025, 3:06:46 PM

"あの日の温もり"

図書館の窓際に、日当たりの良い席があった。
他に利用者が居ない時はその席に座ってのんびり本を読んだり、昼寝したり。
本に囲まれた場所で暖かい日差しを浴びていると、
いつも穏やかな気持ちになれた。

今は無理だ。
図書館なんてここ数年行ってない。
朝から晩まで職場にこもりきりだと心が荒む。
あの日の温もりが恋しい。

2/27/2025, 1:55:23 PM

"cute!"

小学生の頃、道端で外国の人に、
So cute!と言われたことがある。
両脇を持って抱え上げられて、満面の笑みで。
一瞬、誘拐か?と思った。
まぁ小さい頃だからね、子供だから仕方無いよね。

中学生の頃、海外文化交流で隣の席に座った奴に、You're cuteと言われた。
まぁ外国人と日本人じゃ体格差があるからね、不思議なことではない。

…高校生の頃に明らかに揶揄いで言われた時は流石にイラッとした。
後ろを歩いていた人に、あいつが君のことcuteって言ってるよ、と流したけど。
どうなったか後のことは知らない。

童顔で、贅肉も筋肉もつきにくくて痩せっぽちで。
高校半ばくらいまでは身長も低かった。
今になっても実年齢を当てられることはまず無い。
そろそろ年齢相応に見てくれてもいいんじゃないかと思うんだけどな。
遺伝的な要因も大きいんだろうけど、やっぱり子供の頃の食事情は後々響いてくるんだろうか。

2/26/2025, 2:52:29 PM

"記録"

朝、家を出る前に砂時計をひっくり返す。
帰宅した際にもう一度逆さまにする。
特に意味はない習慣だけど、そうすると、なんとなくあの小さな容器の中に一日が記録されたような感じがするからつい続けてしまう。

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