昨日と同じ日はこないのに、また昨日と同じ日を過ごしている気がする。ずっと同じ日が続いてほしいのに、変わらない日々に飽いている。昨日と同じように、今日とは違う明日を望む。
新しいスマホカバー買ってやるよ。何色が好きなの。そう聞いたら俺のスマホを見ながら赤が好きってさ。俺だって特に赤が好きなわけじゃなかったんだけど。安くてシンプルだったからこれにしただけ。でも君は何色が好きって聞かれたら、今の俺は赤が好きだって答えるんだろう。何色でもいいのにな。何色でも同じだけど。どうせなら、好きなやつの好きな色が好きだと思う。
あなたがいたからがんばれた
あなたがいたから生きてこれた
そんな言葉だけを私に残して
あなたはもうどこにもいない
雨が視界を遮断する。同時に今しがたまで交わしていた会話も遮断された。
「うわ、すげえ降ってる」
「傘は?」
「持ってきてない」
彼の視線が私の手元、色気も可愛げもないとよく言われる私の真っ黒い紳士用の傘に向けられた。気が重くなっているのを悟られないよう苦心する。
「じゃあ、」
「ごめんだけどちょっと貸してくんない?」
入っていく、と尋ねるつもりの言葉を遮って、彼は「そこのコンビニで傘買ってくるから」と外を指差した。
「え、う、うん」
「ありがと! 助かる〜」
思わず差し出した傘を広げて、彼が雨の中に滲んでいく。想定外の展開だ。
肩が濡れるから。そう言うと、おまえは気を使いすぎなんだと軽く笑って、責めている自覚もなく責められるのが常だった。
本当は距離の近さがもう嫌だ。一人分を想定したスペースに身を寄せ合って無理やり二人で入ること、それを美しいと感じる心自体が私には合わなかった。でも好きな人との相合傘なんて“喜んだり照れたりするのが正しい”もので、相合傘をしたくないから雨が嫌いだなんて思う私がおかしいのだった。
少なくとも、今まではそうだった。
十分も経たずに透明なビニール傘を差した彼が戻ってくる。丁寧に閉じられた私の傘が返された。
「先週見たときは今日晴れるって言ってたのになぁ」
「……先週」
「天気予報に嘘つかれたわ」
なんて世知辛いと大袈裟に嘆くものだから少し笑ってしまった。私も傘を差して、今度は二人で雨の中に出る。
「傘ってクオリティ低いと思わん?」
「ちょっと思う。横からも下からも濡れちゃうし」
「それな。あとすれ違いにくいし、ぶつかるし、気を使わせすぎなんだよな」
傘って、すっごい日本人って感じ。
よく分からないような分かるような表現がすとんと腑に落ちた。だから、気が抜けて言ってしまった。
「私、相合傘って嫌いなんだ」
黒い傘に隠れて彼と目が合わない。適切な距離が保たれる。傘はそのためにあるべきだと私は思う。少し遠くから彼の声が聞こえる。向こうの通りを見ているのかな。
「二人で入るんだったら二人用の傘を売るべきだよな。お、信号変わりそうだからゆっくり歩こ」
「うん」
「バック・トゥ・ザ・フューチャーでさ、天気予報は発達してるのに雨具が何にも進化してないの、俺は絶望しました」
「んー。そんなシーンあったっけ」
「あったんだよ。スイッチ押したら全身バリアで防水加工してほしい」
未だに江戸時代と変わらんような形状の道具で雨を避けている人類に未来はない。なんて、見えないけれど、きっと真顔で言っているのは分かった。
「無理に距離縮めて気を使わせるより、君の肩が濡れるのやだから今日はさっさとうちに帰ってゴロゴロしよう、って言うほうがイケメンだと思うのね俺は」
「イケメンかどうかは知らないけどそっちのほうが好きだと私は思います」
「それはつまりイケメンってことになると思います」
彼が憂鬱を晴らしてくれるから相合傘は必要ないようだと安堵する。これから、雨を嫌う気持ちが少し変わっていくかもしれない。そんな気分になった。
落ちていくのは楽なものだし
ただ自然に身を任せれば済む
まして抱えたものが重いほど
より早く深く落ちていくのに
苦しみながらも上を目指して
常に転落の危険に怯え続けて
生きていくのはなんと難しい
それだけで自然に抗っている
抗うのが、生きるということ