【真昼の夢】
今日は木曜日
平日だし働いている人も多い時間だろうに
仕事が休みの私は
昼食のあと洗濯物をたたみ終わるなり
ソファに横になって目を閉じた
窓から差し込む柔らかな日差しが心地よい
お腹がいっぱいなのも手伝って
ふわっと気持ちいい眠りに落ちていく
浮かんできたのはもう会えない人の姿だった
忘れていたはずの声だった
いつか本当にあった出来事を固めた思い出だった
都合のいい夢だった
全部全部、もう元には戻らないのに
後悔さえ忘れて
ただ生温かいだけの真昼の夢に浸った
あの人は笑っていた
優しい言葉をくれた
いつかの思い出はハッピーエンドに繋がった
夢だから
夢でしかないから
都合がよくたっていいでしょう?
目を覚ますまでだけだから
きっとほんの数時間、数分だから
それだけだから許してほしい
悔やまなくてはいけないことも
悲しむばかりだったことも
都合よく忘れさせて
あの人の綺麗なところだけに触れさせて
真昼の暖かさをあの人の温かさに変えて
真昼の夢は苦しいくらい
私だけに甘い
覚めてしまえばどれも消えて
私の頭からも奪われていくのに
それさえ思い出せないくらい
真昼の夢に深く浸らせて
現実だと思わせて
ほんの少しだけの幸せな時間を過ごさせて
どうせまた明日からは
仕事がはじまるんだから
目を覚ませば
あの人がいない世界に引き戻されるんだから
【たくさんの想い出】
出会ったことも
告白されたことも
付き合いはじめたことも
いろいろなところに出かけたことも
初めてのキスも
喧嘩したことも
別れを切り出されたことも
夜中に泣いたことも
お別れしたことも
全部全部、想い出
あなたのどこが好きだったかは
ちゃんと覚えている
あなたの微笑みや癖、髪質、体格、ちょっと抜けてるところ
他にもいろいろ…
すごく好きだった
今の私は、あなたのそんなところを好きだと思えないけれど
昔の想い出として心に閉まっておくね
いつか私の心から消えてしまう
あなたとの想い出
今はじんわりと溶けていくのを待っていよう
苦しさも一緒に閉じ込めたそれは
時間とともに溶けて消えていくだろうけれど
それでもほんのひとかけらだけ
あなたとの想い出を心の隅の隅の方に残しておこう
ふとしたときに思い出して
あんなこともあったなと笑うためのタネにしよう
いつか苦しささえも紛れたら
きっとあなた自身のことも想い出になる
たくさんの想い出をパズルのピースのようにバラバラにして
なにも思い出せなくなるくらい忙しい毎日を過ごして
新しくて素晴らしい恋をして
ある日、気づけば
あなたのことなんて考えずに一日が終わっていたらいい
【冬になったら】
もう少しで秋とはさよなら
冬はきっとすぐそこまで来てる
ねえ、冬になったら何をしようか
君とはじめて迎える冬
寒くてもあったかい思い出を
冬になったら君とたくさん作ろう
冬になったら
冬になったら
君の笑顔をいっぱい見たいな
【はなればなれ】
ずっと一緒にいられると思ってた
これから先もずっとずっと
あなたがおじいさんになって
私がおばあさんになるころまで
それどころかどちらかが命を終えるときまで
一緒にいられると思ってた
だけどあなたの心は
いつのまにか離れていたんだね
突然連絡がとれなくなって
何度も電話やメッセージをしたけれど
つながらなくなってしまった
せめて何か言って欲しかった
私を好きじゃなくなったなら
ちゃんと理由を聞きたかった
離れなきゃいけない事情があったなら
きちんと話をして欲しかった
それは我儘でもなんでもないよね
だって納得しなければ
私は前に進めないもの
はなればなれは
一方的で
はなればなれは
それまでに
優しい時間を過ごせば過ごしたほどに
残酷だ
あなたは私を
一番酷いやり方で裏切った
あなたにそんな自覚はないからこそ
余計に残酷なのだと
どうか気づいて
【子猫】
子猫は旅をする
生まれて少しばかり育ったころに
母猫とはぐれ
生まれて初めて飢えを知り
生まれて初めて人間の温かさを知った
けれどそれにいつまでも縋ることは許されず
子猫は旅を続けることとなった
子猫は旅をする
どこに行くとも決めず
ただ歩いていく
生まれて初めて狩りに成功し
生まれて初めて自分より大きな猫と出会った
けれど分かりあうことはできず
子猫はまた旅を続けた
子猫は旅をする
自由気ままに旅をする
好きなものを好きなときに食べて
好きなときに眠って
好きなときにまた歩き出す
それを毎日繰り返していくうち
いつしか子猫は子猫でなくなっていた
立派な大人の猫になったとき
かつて子猫だった猫は
ようやく孤独の寂しさを知った
母猫と離れてから
ずっと独りで生きてきた
かわいいと言って寄ってくる人間から逃げて
他の猫と出会っても避けてきた
それでも生活はできたし
困ることはなかったが
こんなふうに大人になると
番う相手を見つけるものだと
本能が教えてくるのだ
他の猫と仲を深める術も知らない
旅を続けてきたからここがどこかも分からない
それでも
猫は自分の子猫に会いたくなった
そのときは
決して自分のような孤独な旅などさせまいと思った
猫は旅をする
いつか出会える未来の家族を探して