【幸せに】
先日高校を卒業したけれど
実は私、あなたのことが好きでした
想いを伝える勇気もなかったから
ただのクラスメイトとして
時々話をするくらいでした
けれどもうあなたに会えないと思うと
寂しくて仕方ないのです
まるでこの世の全てに影がかかったようで
世界が色褪せて見えるのです
私はあなたの家も連絡先も知りません
あなたが同級生たちと話しているのが聞こえてきたので
別の県の大学に進学するということは分かりましたが
あなたとは
もう二度と会えないような気がするのです
それでも私は
遠いところから
あなたの幸せを祈ります
大好きなあなたはいつか
私なんかよりずっと素敵な人と出会い
心踊る時間を過ごすことでしょう
本当は悔しいけれど
きっとそれがあなたにとっての幸せだから
どうか、どうか
私の知らないところで
いつまでも幸せに
【何気ないふり】
何気ないふりをして
軽くあなたの服の裾を引っ張る
あなたが喜ぶのを知っているから
「なんだよ」と笑うその顔が
嬉しさを物語ってる
何気ないふりをして
あなたの耳に顔を寄せて囁く
「好きだよ」
こうすればドキドキするって知っているから
何気ないふりをして
どれも計算だらけ
こんな私でも
あなたは変わらず愛してくれる?
【ハッピーエンド】
出会ってすぐのころは喧嘩ばかりしていた、ドラマの中の男女。
男は最初「ブスだ」「お前の全てがイライラする」などと女に暴言を吐いていたが、それには複雑な理由があったし、徐々に頑張り屋の女を気に入るようになった。
女の方も、最初は意地悪だった男の優しさを徐々に知っていく。
そんな二人は晴れて恋人同士となり、ドラマは今日、ようやくハッピーエンドを迎えた。
あんな恋愛ができたら、さぞ楽しいだろう。
けれどあのドラマの主役である俳優の男は、現実世界では私の夫だ。
現実のあの男は、毎日毎日私に対する暴言ばかりを吐いている。
「まだ飯が出来てないのかよ」、「無能だな」、「誰が金を稼いでると思ってる?」など、こんなことを妻に言っていると世間に知れたらすぐにテレビから消えそうな発言ばかりだ。
夫はあのドラマとは逆に、出会ったばかりのころは優しかった。付き合っているあいだも優しかったが、結婚してから一変したのだ。
テレビの画面には、男女が見つめ合いながら笑顔を浮かべている姿が映っている。そこに『Happy End』という文字が現れ、ドラマは終わった。
そこでちょうど、隣の部屋から夫の怒声が聞こえてくる。
「おい!いつまで起きてんだよ!その電気代、誰が払ってると思ってるんだ!」
いつまでって……まだ九時なのに。自分の方が夜更かししていることがあるのに。夫は何かと理由をつけて私に文句を言いたいだけなのだ。
テレビと電気を消し、夫の待つ寝室に向かう。
真っ暗な廊下で、夫に分からないくらいの小さなため息をついた。
布団の中でも、さっき見た『Happy End』の文字がまだ脳裏にこびり付いている。
私と夫のハッピーエンドは、きっと永遠に来ないだろう。
【見つめられると】
十歳の誕生日
僕は初めて万引きをした
四人のいじめっ子からいじめられている僕は
同級生に「俺らに渡す金が無いなら万引きしてこい」と言われて
スーパーの駄菓子コーナーから小さなガムを五つ、袖に隠した
そこは僕が幼稚園に通っているころから時々行っている
鼻の下と顎にヒゲが生えたおじさんと
その奥さんであるおばさんがやっている個人経営のスーパーだ
二人とも優しくて、これを食べて大きくなりなと言って
背が低い僕にこっそり野菜や果物をくれることがあった
僕は前に、おじさんがおばさんと「金が無いから、監視カメラはダミーのしか設置してないんだよなあ」と話しているのを
たまたま聞いたことがあった
だから僕は「ここのスーパーはどうかな」といじめっ子たちに言った
どうしても捕まりたくなかったから
いじめっ子たちも僕が万引きをするのは初めてだから、盗るのは小さな駄菓子でいいと言った
取ってきた五つのガムは
僕の手のひらから一人一つずつ取っていって
最後に一つ僕の分だけが余った
それを握りしめて家に帰って
おかえり、と言う母さんに返事もせず顔も見ないで
自分の部屋に入った
握っていた手を開いて
ガムを見てみると
前に母さんに買ってもらった時と同じデザインのパッケージなのに
全然違うものに見えた
描いてある犬のキャラクターも可愛い見た目なのに
今日はすごく怖く思えた
不意に聞こえたコンコン、というノックの音に飛び上がる
もう一度手の中のガムを握りしめて、ごくんと唾を飲む
続いて聞こえた声はひどく優しいものだった
「入るわよ」
母さんは微笑んで、だけど心配そうに僕を見つめた
「何かあった?」
「何も……」
いじめられていることも万引きのことも知られたくなくて
何も無かったと答えようと思ったのに
母さんに見つめられると
いつもこんなに僕のことを考えて優しくしてくれる母さんにここで嘘をついたら
僕はもうすでにクズだけど
今度こそ本当に本当に最低なクズになると思って
でもやっぱりなんて言っていいか分からなくて
何も知らないはずの母さんの優しい目に見つめられると
今日はその優しささえ怖くて怖くて
僕は泣きながら「ごめんなさい」と言って
いつの間にか強く握りしめていた手のひらを開いた
床に落ちた小さなガムは
握っていたせいで醜く歪んでいた
【My Heart】
もっと心が強ければいいのにと
何度も何度も思った
気は強いのに傷つきやすい
厄介な自分だから
変に繊細だけれど時々大胆になる
そんな自分の心が
大好きで大嫌いだ