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【見つめられると】

十歳の誕生日
僕は初めて万引きをした
四人のいじめっ子からいじめられている僕は
同級生に「俺らに渡す金が無いなら万引きしてこい」と言われて
スーパーの駄菓子コーナーから小さなガムを五つ、袖に隠した

そこは僕が幼稚園に通っているころから時々行っている
鼻の下と顎にヒゲが生えたおじさんと
その奥さんであるおばさんがやっている個人経営のスーパーだ
二人とも優しくて、これを食べて大きくなりなと言って
背が低い僕にこっそり野菜や果物をくれることがあった

僕は前に、おじさんがおばさんと「金が無いから、監視カメラはダミーのしか設置してないんだよなあ」と話しているのを
たまたま聞いたことがあった
だから僕は「ここのスーパーはどうかな」といじめっ子たちに言った
どうしても捕まりたくなかったから
いじめっ子たちも僕が万引きをするのは初めてだから、盗るのは小さな駄菓子でいいと言った

取ってきた五つのガムは
僕の手のひらから一人一つずつ取っていって
最後に一つ僕の分だけが余った
それを握りしめて家に帰って
おかえり、と言う母さんに返事もせず顔も見ないで
自分の部屋に入った

握っていた手を開いて
ガムを見てみると
前に母さんに買ってもらった時と同じデザインのパッケージなのに
全然違うものに見えた
描いてある犬のキャラクターも可愛い見た目なのに
今日はすごく怖く思えた

不意に聞こえたコンコン、というノックの音に飛び上がる
もう一度手の中のガムを握りしめて、ごくんと唾を飲む
続いて聞こえた声はひどく優しいものだった

「入るわよ」

母さんは微笑んで、だけど心配そうに僕を見つめた

「何かあった?」
「何も……」

いじめられていることも万引きのことも知られたくなくて
何も無かったと答えようと思ったのに
母さんに見つめられると
いつもこんなに僕のことを考えて優しくしてくれる母さんにここで嘘をついたら
僕はもうすでにクズだけど
今度こそ本当に本当に最低なクズになると思って
でもやっぱりなんて言っていいか分からなくて
何も知らないはずの母さんの優しい目に見つめられると
今日はその優しささえ怖くて怖くて
僕は泣きながら「ごめんなさい」と言って
いつの間にか強く握りしめていた手のひらを開いた
床に落ちた小さなガムは
握っていたせいで醜く歪んでいた

3/28/2024, 1:16:47 PM