【月夜】
雲が少なく月がよく見える夜
私は元の姿に戻り、仲間に会いに行く
狼に戻れるのはこんな夜だけだ
そして仲間と再会できるのも
森の奥の開けた場所へ行くと
すでに三頭の狼が待っていた
嬉しさに尻尾を振っていると
遅れて一頭がやって来た
月明かりの下
同窓会にも似た久々の集会が始まる
みんなで遠吠えをして再会を喜び
唸りながら人間社会の愚痴をこぼす
そして夜が明ける頃
私たちは人間の姿に戻るのだ
すると毎回、自然と解散することになる
今度は人間の言葉で
また会おう、とか
お互い人間界で上手くやろう、とか
別れの挨拶や励ましの言葉を交わし合い
それぞれの家に帰るのだ
人間の世界は面倒くさくて
理解できないことも多いけれど
みんなを見習ってまた頑張らねば
次の月夜の晩が楽しみだ
【絆】
些細なことで大喧嘩して
幼い頃からの友情は壊れた
それでもやっぱりアイツが気になって
けれど連絡する勇気もなかった
ある日僕は街で知らない男たちに絡まれ
金を要求された
断ると男たちは逆上した
喧嘩が弱い僕は一発二発と殴られ
もうダメだ、と思った時
アイツが現れた
男の一人を一発殴り返したあと
僕を連れて走った
落ち着いてから
どうして助けに入ったんだ、と聞くと
当たり前だろ、と答える
街に来たらたまたま
僕のことを見かけただけなんだろうけど
見て見ぬふりだって出来たはずなのに
あの時はごめんと謝ると
俺もごめんと言って笑う
やっぱり僕らは見えない糸で繋がっていて
きっとこれからも一緒に笑ったり
助け合ったりしていけるだろう
これが絆というものなんだ、と気付いて
僕はアイツに微笑みかけた
【たまには】
お気に入りのお店に行くと
いつもオムライスを頼んじゃうけど
たまにはナポリタンにしようかな
飲み物もいつもはココアを頼むけど
たまにはカフェオレにしてみようかな
デザートはいつもバニラアイスを頼んでるけど
たまにはキャラメルアイスにしちゃおうかな
ほら
これでいつもとは違うお昼の出来上がり
たまにはこんな風に
「いつも通り」を変えてみるのもいいな
でも美味しかったけど
いつものメニューも恋しくなるんだよね
だからあくまで
「たまに」にしよう
当たり前のようで当たり前じゃない
些細な幸せが積み重なって
この日常は作られてる
いつも何気なく頼んでいるメニューも
食べられるのは当たり前じゃない
たまには「当たり前」をあえて崩してみると
今の幸せに気が付けるのかも知れないな
【大好きな君に】
ねえ
こんなに大好きだと伝えているのに
可愛いね
で終わらせないでよ
お腹が空いたの?
じゃないよ
あなたが大好きだって言ってるの
僕も大好きって答えてよ
いつも通りのあなたの笑顔の前で
私のにゃあという声が虚しく響いた
【ひなまつり】
私は五十二歳、未だ独身の女だ。
そういえば子供の頃、母に「ひな人形が綺麗だからしまわないで欲しい」と頼み、ひな祭りが過ぎてもしばらく飾り続けていた。
後から知ったことだが、ひな人形をなかなかしまわずにいると、婚期が遅れるのだとか。
もちろん、そんなものは迷信だと分かっている。だが、今も独身である自分の現状を考えると、単なる迷信だと一蹴することもできない。
ちなみに、昔から私の結婚願望は強い方だ。理想もそんなに高くない方だと思う。
今まで、何人かの男の人とデートをしたことはあるが、付き合う段階に進むことはなかった。いい雰囲気になっても、告白されるどころか相手がフェードアウトしていってしまう。
もしかすると、ひな人形が私の恋愛がうまく行かないよう邪魔しているんだろうか。
ひな祭りが終わったというのに、さっさとしまわなかったことを怒っているのかも知れない。
今年もひな祭りがやって来たけれど。
ひな人形を飾って、きちんと片付けていても今の状況が変わることはなかったから。
結局ひな人形は一ヶ月くらい飾っている。
もう一人でもいいや。
綺麗なひな人形を毎年一ヶ月も見ていられるなら、もうそれでいいや。