忘れたい。
君の残した物が、場所が、あたたかさが、残酷だ。
もう思い出さないと記憶をなくそうとするけれど、簡単に消えることはない。
何気ない生活のふとした瞬間、君の幻影に悩む。
食器棚の奥にある一度だけ使った陶器。
「大事な時にしか使いたくないから。」そう言ってたから、今も大事にしまってる。こだわりのある君を思い出す。
毎朝目に入る返しそびれた歯ブラシ。
キスする前はちゃんと歯を磨いてくれる。だらしないとこも清潔なとこもどっちもあったけど、、君の気遣いは当たり前に溶け込む優しいものだった。
箪笥の奥に見える渡せなかったプレゼント。
重いかなってタイミングを掴めず渡せなかったものがいくつかある。渡すのも自己満かなとか考えてた。そもそも君はプレゼント好きじゃないってわかってたし…
お互い好きだった海。
釣りをしてたら夫婦だと思われたのは笑い話だ。今でも時折衝動的に海に向かい、波の音を聴きながら海での思い出を反芻する。
初デートで行った喫茶店。
目の前を通ると甦る懐かしい記憶。お互い緊張しながら話してた。その時の胸の高鳴りと落ち着きのない感情も身体が覚えている。会って一瞬で信用できると思えたのは初めてだった。
ハグした時のぬくもり。
寝る前にぬいぐるみを抱くが、人肌には敵わない。あついあついとお互いに言いながらも、しばらくは離れずくっついていた。不器用な2人の愛情表現が唯一重なる時間だった。
幻影はいつ消えるのだろう。
ただ思い出すなら本心は消えることを望んでいない。
縁があればまた会える、なければそれまで。
忘れて。
多分これまでで1番好きになった君との別れは、初めて経験する痛みで、心を余計に壊したくなる想い出となるんだろう。
春先、帰ろうとした君を呼び止め本心を呟いた。
「僕の事、身体だけでいいって正直思ってる?」
本当はこんな事聞くつもりなかった。聞いたって僕も君も傷つく。そうわかっていたけど口から溢れていた。
「正直、そうかもしれない。」
思っていた通りの返答。君は口を堅く閉じて、右下を向いている。怒っているのか、図星で後ろめたいのか、嫌いでしかたないのか、鈍感な僕にはわからない。ただ僕に対して好意はもう微塵も感じられなかった。最初の頃、純粋な恋愛感情でないにしろ、向けてくれていた優しい眼差しはもう久しく見ていない。
君の表情や行動から、これから先も僕の好きと君の好きは交わることがないのだろうと実感する。お互い恋愛初心者だったから、不器用なだけなのかもしれない。ただもう都合の良い存在になるのは嫌だと感じた。
「そっか、、、それじゃあ別れた方がいいのかもね。合ってないし、すれ違いばかりだし。」
最初は気遣いあってお互い思いやっていたような気がする。お互い素を出しすぎたのかもしれない。
僕は君のために、カップは左側に置くべきだったし、嫌なことは嫌というべきだったし、君の好きなものをもっと大事にするべきだった。そして何より、付き合ってるということを周りに言えるような人間であるべきだったのに、僕はずっと逃避していた。
君は僕のためにしてくれたことが多いから、僕のことなんてすぐに忘れるんだろうな。
結局はまた自分で大切な人の人生を汚した。ごめんねで許されることじゃないのはわかってる。別れようと言ったのも逃避行動だった。もう、君に迷惑かけたくなかったから、僕と同じようになってほしくなくて、堕ちていかないでほしかったから。こうやって綺麗事のように振り返る僕自身に嫌気が差す。
やっぱり僕はひとり堕ちた方が…
君の人生に存在しなかったことにして、忘れてください。本心からこれからの幸せを願ってる。
もう私は必要ないんだね。
あなたの心に存在しないことに気づいてしまった。
最初からだよね?正直
ごめんね、私があなたの人生を壊しちゃった?
ごめんね、気づかなくって。
ほんとうに不器用なだけで、悪意なんて全くない。
でも許してって言っても、壊したものは返ってこないもんね。今更気づいても遅いから、もう何もしないことを選んだんだ。
いや、そもそもあなたの人生に私はいなかったんだった。じゃあさっきの事聞かなかったことにして。
私はずっと想ってたよ、考えてたよ。
でも周りからみれば私のしていることは、酷いことなのかな。誰も教えてくれないからわからない。
結局、さよならでいいのかな?
じゃあ、あなたも、さよなら。
心がさらに遠く…離れていく。
冬になったらいつか、一緒にかまくら作ってみたいって話したね。でも叶いそうにないね。
君の言葉に傷ついたよ。
「皆色んな子と恋愛してる、俺もできる環境なら色んな子と恋愛したい」
私との将来なんて微塵も考えていない言葉。いつか別れが来るんだろうなと想像させられる。
君の地元に旅行に行って、かまくら作るのが私の夢なのに。君が一緒じゃないと嫌なのに。
そんなこと言った?って言うかな。覚えてないのかな。
期待なんてしない方がよかったんだ。私は君との将来を考えていたのに。
3週間会えないだけでも毎日連絡したくなるもんだ。いつものように君に今日あったことを報告する。ついでに今家に1人で寂しいと送った。
1時間後君からの返信が返ってくる。「今から行ってもいい?」出張がはやく終わってもう君も家に帰っていたらしい。返事はいえす以外にありえるだろうか。「気をつけてね。でもなるべく早く来て」と返すと速攻で2度目のお風呂に向かった。
“着いたよ”
髪を乾かしていると携帯の通知が鳴った。急いで玄関へ向かう。ドアを開けるとスーツ姿の君がいて直視できずにやけてしまう。再会のハグを交わすと君の匂いでいっぱいになって頭がくらくらした。
君はシャワーを浴びた後、同じベッドに転がり込んでくる。狭いねって笑いながら幸せを分かち合う行為をする。終わったら君が先に寝る。携帯の電源が落とされている。私はいつまで経っても眠れない。
もし都合がいい存在だとしても君なら許せるから何も聞かない。ほんの少しのことで疑いそうになってごめんね。私の想いが大きすぎてごめんね。