『お題:恋物語』
俺の名前はG太郎。どういうわけか高校生だ。
いよいよ人生に飽きて、校舎の屋上から身を投げようかなどと適当なことを考え、実際に屋上で考え事に耽っていたところに、今年からのクラスメイトのF田が声をかけてきた。
「おいG太郎、百物語やろうぜ」
「ああ、F田か。今そんな気分じゃ…ん、百?」
「そう! 百物語やろう!」
「夕暮れの屋上でやるのは世界観が意味不明じゃないか?」
「しかもコイバナ縛りで!」
「話聞けよ。お前、百物語って知ってる?」
百物語ってのは複数人で暗室で行う耐久レース形式の怪談話大会…だった気がする。蝋燭を百本灯して、一つ怪談話を終えるごとに吹き消していき、百個の灯りがすべて消える時に本物のモノノケや怪現象が現れるだとか何だとか。
つまりF田と二人でその百物語を行うとなると、少なくとも五十個ほど、怪談話のストックがいるし、そもそも恋バナで縛るのが趣旨にまったく沿ってないことが前提としておかしい。
「G太郎、俺にコイバナを語らせろ」
「百物語形式で? 五十個も?」
F田、恋愛経験豊富すぎない? 恋の中に愛がなさそうですっごく怖いんだけど。
F田に気押されそうになってると、奴はカバンからなにやら白い棒状のものを二本取り出した。
蝋燭だ。
F田は俺にそのうちの一本を握らせ、先端にカバンの中に入れて持ち運ぶには危険そうな点火棒で火をつけ、自分の手元の蝋燭にも同じ手順を再度行った。
「では、始めるぞG太郎」
「参加するなんて一言も言ってないけどな」
夕日が色白な校舎を茜色に包み込む時間、誰もいないような寂れた屋上で、ラブ百物語が幕を開けてしまった。
「エントリーナンバー1、F田。いきまーす」
そこからF田は渾身のコイバナを始めた。
『怖い』から一文字抜くと『恋』になるのは何となく面白いけど、F田の話は面白いとは言い難いものだった。
「いやぁ、実は俺の家は古き良き日本家屋でして、中庭なんてものがあるんですよ。そして、婆やがその中庭にある池で魚を飼っていまして。エサを近づけると…なんと水面から顔を覗かせ、パクパクと口を…口を開くのです! 俺は恐る恐る手を差し出して、パンのかけらをその中に放り込んで…錦鯉、デカいからビビったのですわ」
そう言ってF田は蝋燭を吹き消した。
…あれ、オチは?
「いやー、今のは濃い話だった」
いや、薄いだろ。ペラペラだっただろ確実に。
しかし、そこであることに気づいた。
F田の言っていた「コイバナ」。
てっきり『恋』に関するトークをしてくれるのかと思いきや、自身曰く内容の『濃い』、『鯉』のお話だった。『鯉物語』、とでも言えば良いのか。
無理やり感が半端ないけど、こればっかりは先入観で決めつけていた俺にも非がある。
ただ、一つだけ百物語らしく恐ろしかったのは。
F田はこの後に、薄っぺらい『鯉バナ』のストックが四十九個あるという事実だ。
なんか、人生に対する飽きに拍車をかけられた感じがして、何となくどうでも良くなってきた。
しばらく魚料理は食べたくないかな。そう思えるF田トークであった。
『お題:星座』
とある小洒落たバー。
私はさほど稼いでいるわけではないが、今日はたまたま心の穴がこちらを指差していたので、それを埋めるためにわざとらしく鐘を鳴らすドアを潜って此処へやってきた。
別に気になる異性の常連がいるだとか、そういうことじゃない。ただ、社会の歯車とでも言うべき日常から切り離されたこの穏やかな空気感が、私の疲れを癒してくれる。そんな気がする。気がするだけではあるが、気休めとしては充分である。
私はカウンターの一席に腰掛けると、マスターに「とりあえず、お水もらって良いですか」と話しかけた。
「お水が好きなんですね」
「ええ、お水に心酔しています。床上くらい」
などと、くだらないやりとりをしたところで、四つくらい席を空けて、その隣に一人の男が腰掛けた。
男はマスターに何か囁くように言うと、私の方を見て優しく微笑んだ。
どうやら「いつものお酒を、あちらの女性に」的な、よくある流れらしい。
私、今日はさほど酔いたくないんだけどな。でも、それなら何故わざわざバーに来たのか。
自分の中で軽い矛盾みたいなものを感じながら、男に会釈をすると、マスターが私の席に中身の注がれたお洒落なグラスを置いた。
「あちらのお客様からです」
グラスに注がれているのは透明な飲み物。まさか、この空気感でグラスに芋焼酎でも注いだのか、などと自分でもよくわからないことを考え始めてしまう。
すると、男は席を詰めて、私の隣に改まって腰掛けた。
「お水が好きなんですね」
「マスターにも言われました」
「なんか最近、この店でこうして水を飲んで過ごされているのを何度かお見かけしていたので、失礼を承知で追加の水をマスターにお願いしてみました」
「…ふふっ、バーで女を口説くのに、お水はないでしょ」
男のユーモラスな挙動に、初対面ながら久々に心の底からの笑みがこぼれた。口説かれているかどうかはさておくとして、面白い人と出会えたことが少し嬉しかったりする。そんな自分にも笑ってしまいそうだ。
男はそんな私を見て、感慨深そうに一人語りのような話を始めた。
「いや、ね。僕は常々思うんですよ。色恋を求めてバーに来るのも、それはそれとして普通の使い方なんでしょうけど」
「…自分はそうじゃないと?」
「いえ、多少の下心は持ち合わせていますけどね。ただ、此処に来ると、僕は夜空を舞っているような気持ちになれるんです」
「…はあ。と、言いますと?」
「晴れ渡った夜空を見て、星と星を繋げて何かに見立てる…ってのがあるでしょう? 此処で色んな人と出会うことで、星と星を結んでいく感覚を覚えるんです」
「…ふむ、なるほど…?」
つまりは、此処で生まれる人脈を天に広がる星座に見立てて、人との出会いにロマンチシズムを見出しているということらしい。
「ちなみに、私で何人目なんです?」
「夜空にまたたく星の数を数えるのはナンセンスというものです。あなたは紛れもなく一番星ですよ」
まあ、その言葉で私は大体を察した。この男はこの話を幾度となく繰り返して、このバーを楽しんでいるのだろう。
別にこの男を毛嫌いしているわけではないが、気取った言い回しに熱量を感じられなかったので、出された水を居酒屋のノリで飲み干すと、席を立った。
「あれ、帰っちゃうんですか?」
「ええ、面白い話を聞けてお腹いっぱいです」
私は結局自分が何を求めてバーに来たのかを忘れてしまって、そもそも穏やかな空気感とは何なのか、などと小難しいことを考えながら、バーを出た。
ただ、私の去り際に男がマスターと交わしていた言葉は少しだけ面白かった。
「マスター」
「なんでしょう」
「サソリ座から逃げるように動くオリオン座って、こんな感じですかね」
「はあ…いや、むしろ星座が云々より、あの方は流れ星のように映りましたね」
「連絡先、交換できますように! って早く念じておけば良かったよ」