新生活が始まり、私は上京した。
地元は空気がうまいとは言いきれないが、ここよりは断然うまい。
音もこんな雑踏の騒々しい音は聞こえず、たまに車や鳥の鳴き声が聞こえるくらいで静かだった。
空を見上げようにも、ビルや高い建物に邪魔されて、青空を拝むことも難しい。
随分と遠くへ来てしまったのだなぁ。
空は続いているとは言うけれど、本当に地元にまでこの空は続いているのだろうか。
この小さくしか映っていない青空を辿っていけば、地元に辿り着くのだろうか。
これがいわゆるホームシックなのか、まだ上京して二週間なのに。
遠くの空へ想いを馳せた。
【遠くの空へ】
小さい頃に、生死をさ迷った。
どういう状況なのかわからないし、どう回復したのかも記憶にはない。
つまりは、それくらい幼い頃に私は死にかけたのだ。
その影響で、私の視界から色がなくなった。
物心ついた頃には、モノクロの世界が広がっていた。
生まれた頃はそうではなかったのだろうけれど、白と黒の強弱のついた世界が私の見える全てだった。
これは赤、これは緑、など、教えられてもよくわからなかった。
そんな世界に、ある日突然、色がついた。
誕生日プレゼントに、色がわかる特殊なメガネをもらったのだ。
燃えるような赤い夕日に、庭の芝生の緑色、飼い猫の茶トラ模様も、全て、ハッキリとまでは言えないのかも知れないが、色があった。
みんなが当たり前に見えていて、そんなこと?、と思うかも知れないが、私にとっては本当に、言葉にできないほどの感激があった。
色付いた世界に出会えた。
【言葉にできない】
匂いが変わった、風が変わった。
冬が終わり、春の訪れを肌で感じる。
乾燥した冷たい空気から、柔らかな陽気の匂い、どこからか土の匂いも感じる。
冷たく吹いてた北風が、色んな方向から吹き、中でも強い南風が吹くことも。
凍てつく雪が、優しいしっとりとした雨に変わった。
肌感だけではない、色彩もかわった。
梅や桜のピンクはもちろん、藤の薄紫に、黄色い菜の花や、青いネモフィラ。チューリップなんてそれだけで色んな色がある。
耳からだって、いろんな音が増える。
どこかで何かの鳥の鳴き声が聞こえる、新生活を始めるのであろう引っ越しの音も聞こえてきた。
「春だなぁ……」
ニートの俺には関係ないが、春爛漫の宴はその身で感じる訳で。かと言って、新しいスタートに!、と、就職活動はしませんけれども。
俺は春の空間をそこそこに、自室へと戻った。
【春爛漫】
努力は報われる。
その言葉を胸に、誰よりも、ずっと、努力を惜しまなかった。
自分の時間はできるだけ削って、机に向かっていた。仕事も勉強もできるだけ早く片付けて、とにかく机に向かっていた。
私の夢は創作家。アートを作って、文章を作って。
いつかは個展を、いつかは本を、いつかは名のある創作家になりたいと思っていた。
誰よりも勉強して、ずっと作り上げて、いつかは夢に辿り着くため、頑張ってきた。
何パーセントの才能と何パーセントの努力、なんて言葉も信じてきた。
だから才能がないのかもしれないと自覚しているけれども、その何倍もの努力はしてきた。
でも、おかしいんだ。全然、上達している気がしないんだよ。
ネットにアップしても、出版社に直談判しても、なんの反応もない。
継続は力なり、だよね?
これからも、誰よりも、ずっと、頑張るから。
だから、いつか、夢が叶いますように、
【誰よりも、ずっと】
俺は、彼女のことが大好きだ。
絶対幸せにしてやりたいし、幸せになりたいと思っている。
桜が散り始める四月も半ばが過ぎた頃。
彼女と付き合って一年が経つのだ。
入学式で一目惚れをして俺から猛アタックの末、少しのラグはあったが、オッケーの返事を貰えた。
記念日を大切にしている俺は、もちろん記念日の近くの日曜日に彼女をデートに誘う。
まだ結婚できる年齢ではないし、何を先走ってるのと怒られそうではあるので、
「結婚してくれ」
「結婚を前提にこれからもお付き合いをしてください」
なんて言葉は言えないが……
「なぁ、ユナ」
俺は彼女を呼ぶ。彼女は、うん?、と小首をかしげる。
「これからも、ずっと一緒にいような!」
ユナは笑顔で、うん!、と次は元気に返事をしてくれた。
【これからも、ずっと】