匂いが変わった、風が変わった。
冬が終わり、春の訪れを肌で感じる。
乾燥した冷たい空気から、柔らかな陽気の匂い、どこからか土の匂いも感じる。
冷たく吹いてた北風が、色んな方向から吹き、中でも強い南風が吹くことも。
凍てつく雪が、優しいしっとりとした雨に変わった。
肌感だけではない、色彩もかわった。
梅や桜のピンクはもちろん、藤の薄紫に、黄色い菜の花や、青いネモフィラ。チューリップなんてそれだけで色んな色がある。
耳からだって、いろんな音が増える。
どこかで何かの鳥の鳴き声が聞こえる、新生活を始めるのであろう引っ越しの音も聞こえてきた。
「春だなぁ……」
ニートの俺には関係ないが、春爛漫の宴はその身で感じる訳で。かと言って、新しいスタートに!、と、就職活動はしませんけれども。
俺は春の空間をそこそこに、自室へと戻った。
【春爛漫】
努力は報われる。
その言葉を胸に、誰よりも、ずっと、努力を惜しまなかった。
自分の時間はできるだけ削って、机に向かっていた。仕事も勉強もできるだけ早く片付けて、とにかく机に向かっていた。
私の夢は創作家。アートを作って、文章を作って。
いつかは個展を、いつかは本を、いつかは名のある創作家になりたいと思っていた。
誰よりも勉強して、ずっと作り上げて、いつかは夢に辿り着くため、頑張ってきた。
何パーセントの才能と何パーセントの努力、なんて言葉も信じてきた。
だから才能がないのかもしれないと自覚しているけれども、その何倍もの努力はしてきた。
でも、おかしいんだ。全然、上達している気がしないんだよ。
ネットにアップしても、出版社に直談判しても、なんの反応もない。
継続は力なり、だよね?
これからも、誰よりも、ずっと、頑張るから。
だから、いつか、夢が叶いますように、
【誰よりも、ずっと】
俺は、彼女のことが大好きだ。
絶対幸せにしてやりたいし、幸せになりたいと思っている。
桜が散り始める四月も半ばが過ぎた頃。
彼女と付き合って一年が経つのだ。
入学式で一目惚れをして俺から猛アタックの末、少しのラグはあったが、オッケーの返事を貰えた。
記念日を大切にしている俺は、もちろん記念日の近くの日曜日に彼女をデートに誘う。
まだ結婚できる年齢ではないし、何を先走ってるのと怒られそうではあるので、
「結婚してくれ」
「結婚を前提にこれからもお付き合いをしてください」
なんて言葉は言えないが……
「なぁ、ユナ」
俺は彼女を呼ぶ。彼女は、うん?、と小首をかしげる。
「これからも、ずっと一緒にいような!」
ユナは笑顔で、うん!、と次は元気に返事をしてくれた。
【これからも、ずっと】
もうすぐ俺の時間がくる。
俺は所謂、吸血鬼というもので、陽がのぼっている時間帯は外を出歩くなんてことはできない。
目が潰れるとかの話ではなく、大火傷とかの話でもなく、本当に存在できなくなるのだ。
目の前で消えていった友人を何体も見送った。
沈み行く夕日を屋敷の真っ暗な空間のカーテンの隙間から溢れでている一筋の紅い光で確認する。
明るいうちの外はどんな姿なのだろう。
始まりを告げる朝焼けは?
静寂を告げる夕日は?
陽とは無縁の俺ではあるが興味がない訳ではない。
でもその興味や好奇心は、消えるほどに値するのだろうか。
俺は細くなって行く夕日の筋を見ながら、ぼんやりそんなことを思った。
沈む夕日、始まる俺の時間、今日もまた夜の帳がおりる。
【沈む夕日】
人の目をみていると、なんだか色々と気になって疲れる。
目が笑ってないな、とか、すごく嫌そうなんだな、とか、なんだか疲れてるんだろうな、とか。
それでお伺いを立てるのは更に億劫で。
でも、君の純粋無垢な目を見つめると、そういうことがどうでもよくなってくる。
今日は上司の機嫌が悪いみたい、今日は部下の疲れがピークみたい、でも家に帰って、透き通った君の目を見つめて癒される。
同じ動物なのに、どうしてこうも違うのかな?
今日も仕事が疲れたな。
早く帰って君の目を見つめよう。
【君の目を見つめると】