さあと風が吹き、飛ばされた
高さは1メートル程度だろうか
目に優しい緑が辺り一帯に広がり奥には川が見える
周囲をよく見ると四角く整った水池が四方に広がり、水上には青々と力強く伸びる草が間隔を空けて日差しを浴びている
どんどん加速しいつの間にか川のせせらぎが聞こえていた
どうやら人は全くいないようだ
春を感じさせる虫の合唱はなんだか心地よい
ずっとここにいたい。ずっとここで暮らしたい
しかし風は一向に止むことはなく私の意思に反してどんどん遠方へと飛ばされていく
ここは‥
古びたガードレールの足に引っかかった
居心地は最悪だ
土もなんだか硬そうだし砂利も多い
周囲はコンクリートに囲まれとてもこんな所では生活出来そうにない
そんな事を考えてふと横を見るとコンクリートの隙間から圧倒的な存在感を見せつけながら魅力的に咲く仲間を見つけた
黄色い細やかな花弁は見とれてしまいそうだ
自分もこんなふうに環境に負けずに鮮やかに咲けるように意志を強く持って成長していきたい
ベータ版
涙が出る
腕も足も動かせない
かろうじて指を曲げるのがせいぜいだ
意識ももうはっきりしない
今は朝か昼か夜かここにいる時間があまりにも長すぎてうやむやだ
天井のタイルの模様は鳥に見えたり、蟹に見えたりまるで星座を見るように毎日眺めている
星座のように日々見える風景が変わってくれたらどんなに良かったか
そういえば婆さんと伊豆半島で美しい夜景を一緒に見たっけかな
ああ、腰が痛い
そして心臓には激痛が走りもうこの命も煙のように消えてしまうだろ‥
定期的に流れていた電気信号は沈黙した
出生から永眠まで本当にあまりにも短くまるで瞬きをするようなそんな時間の感覚を覚えた
ベータ版
ボクはお世話ロボット
雨が穴の空いた身体を叩き続け、今や錆付きが酷い
仰向けで暗雲の流れを眺めながらわずかに動かせる左手を持ち上げる
ガタガタと奇妙な音がなりなんとか左手が視界に入る程に動かす事が出来た
足はボロボロでパーツが破損し過ぎていて立つことは困難だ
かつての色んなご主人様を思い浮かべた
機械であるがゆえに涙なんて出るはずもないが眼球のパーツから地面に水滴が滴り落ちる
意識を失うのはいつになるだろうか
お世話ロボットがゆえに太陽光で動力が蓄えられるように設計されている
いつまでも御世話が出来る無限のエネルギーは素晴らしいものだ。
しかし、メンテナーのいないこの世界では残酷に等しい。
本当にもうおかしくなりそうだ
人間で言う『死ぬ』という定義がボクに満たされるのは果てしない悠久の時が過ぎた後になるだろう
1000年後にボクが『壊れない』事を祈る
新しいスマホを購入した
デザインがとても気に入ったのだ
右手で電源ボタンを押そうとしたときに私の手は思いの外小さく少しだけ届かない
持ち手をほんの少しだけ上にずらし起動させた
電源ボタンに指紋を強く押し付けるがホーム画面へは遷移しない
あっと思い直しトラックパッドにパスワードを入力する
ホーム画面へようやく辿り着いた
しかし好きな女の子がいつものように出迎えることはない
殺風景な壁紙が見えるだけだ
ログインしかしていないゲームアプリもそこにはいない
昨日まで愛用していたボロボロのスマホを思い返し、なんだか忘れないで!と呼びかけられているような気がして寂しくなった