それでいい
子どもの頃、まともな人生を送ると思ってた。
そこそこ勉強して、大学に行って社会に出て。
それなりに理想もあって、その理想に進めるように、思い描く人生を切り拓いていこうと思ってた。
でもまともに生きるのは難しい。
幼い頃、こうはならないだろうしなりたくないと思ってた大人そのものになってしまった。
勉強もしなかったし、温情をかけられて卒業して、今になってようやく就職先を探してる。
早々に人生を諦めてしまっていた私の当然の末路だと思う。
でも、こんな人生を歩んでいなければ今の私の価値観も、憧れもなかった。
何より今の私は、本当に怠惰な私らしくて
ただそれでいいと思えている。
大切なもの
ちょうど二ヶ月前、タロット占いをした。
今頃の私が生きてるか、どうなっているのかを。
その時の私はまるで人生の終わりのような気分で、
非科学に頼ってでも優しい言葉が欲しかった。
出た結果は非情で残酷で現実的だった。
「何か大切なものを失ったかのような大きな虚無感とともに、何もせず空っぽのまま生きている。」
心に大きな岩を落とされた気分だった。
そして今、その占いは当たっていたと実感している。
毎日、仕事も探さず趣味もなく楽しいことも悲しいことも感じないまま、ただ一日をやり過ごして。
あれだけ私を苦しめた希死念慮すらなくして、だからといって生きる気力もない。
本当に何もない。何にも。
ハッピーエンド
私の好きなゲームでのことだった。
戦闘もののRPGで、ゆるいマルチ要素があった。
私がマルチを始めた時、発売日からもう2~3年経っていて、全盛期より随分過疎化していたようだった。
私はゲームを楽しむならソロで、マルチをやるならプレイヤーを見るプレイスタイルだった。
テンション高く振る舞って、その内再び会った野良に絡んで、仲良くなって、何度も彼らと戦った。
今でも覚えている。彼らが初めて私に反応してくれたこと。震える手でメッセージを送った時の事を。
彼らが去る前にこの周を最後にして、思い出を抱えて次のゲームに行こうと思ってた。
それが私のハッピーエンドだった。
それから1年が経った。今、私は一人でこの地に降り立って彼らの面影を追い続けている。
もう誰も戻ってこない。
空いた距離は埋まらない。
ただ虚空の中で彼らの帰りを待つ。あの日々のハッピーエンドの先に何もないと分かっていても。
特別な存在
人は誰しも特別になりたいものだ。
でもそう思ってる自分が既に特別だったとしたら?
なんとなしの呟き、ぼやき、愚痴。
誰も見ない、聞いてないと思っているその言葉が、もし知らない誰かに影響を与えているとしたら?
私が好きな言葉たちは格言でも名言でもない。
どれも、あるマイナーなsnsで誰かが発した言葉だ。
彼らは、誰かに読ませる気もない。
ただ自分の気持ちをその時、そこに吐き出しただけ。
でも、たまたまそれを目にした私はそのたった一言に一瞬、世界が輝いたように見えてしまった。
名前も顔も人柄も、何も知らない誰かの何気ない感情が私の人生を動かしてしまった。
それだけで、彼らは簡単に私にとって特別な存在になった。私の人生そのものに影響してしまった。
長くは続かないかもしれない。けれど、決して意味のないものじゃない。
共感も、コメントも付かない彼らの言葉は今でも私の心の内に深く刻まれている。
バカみたい
SNSでよく見かける反抗期の子どもの呟き。
「産んでなんて頼んでない」と親にぶつける言葉。
子どもを擁護するコメントを見て私は思う。
子どもだって言っていいことと悪いことがある。
子どもだからとなんでも許されていいわけじゃない。
親の愛は無償だけど無限じゃない。
感情任せに言葉をぶつけて、バカみたいだ、と。
でも私も一度だけ、その言葉を口にしたことがある。
昔、酔った父親が仕事から帰ってきて愚痴った。
「子が産まれちゃったから仕方なく育てただけ」と。
こっちだって産まれたくて産まれたんじゃない。
そっちが産んだから仕方なく生きているだけだ。
そう言ってしまった。日々思っていた本心だった。
私には人生がどうしようもなくしんどかった。
父親の言葉はただ幼稚な、身内を貶すことによる愛情表現だったと分かっていた。
でも私はその時その心無い言葉をあえて信じた。
どちらも望んだわけじゃない命を産むなんて、産まれたなんて、バカみたいだな。互いに幸せじゃないね。
そう思わずにいられなかったから。