口から出る吐息が白く染まり奥の夜空に溶けていく景色にも、だいぶ見慣れた頃、身に染みる寒さに包まれた静かな夜の日にその人と交わした会話が今でも思い出される。
その人は会社の上司で、でも友達で、付き合ってるのか噂されるほど仲が良かったけど、でも何も分からない人だった。
その人は暖かな缶コーヒーを握りしめながらぽつりと呟いた。
「私って、なんの為に産まれてきたのかな……。」
え、と聞き返せばいつも通りヘラりと笑って、だって毎日寝て起きて会社行くだけだもん、という。
この人は何も言わない。自分の身の上の話も、内心も、抱えている悩みも。
缶コーヒーから立ちのぼる白色を辿って夜空を見上げれば、小さく星が瞬いていた。
ふと隣を見れば貴方の長いまつ毛がふるりとゆれる。
そんな幻想的な景色にあてられて、思わず柄でも無いことを、でも、そうだったらいいという願いを口に出してしまった。
「……幸せになるため、とか。」
それを聞いた貴方はくつりと笑って、確かにそうだと納得した様子だったっけ。
今日も私は、貴方の居なくなった会社に通勤し、貴方ではなくなった上司と仕事をする。
唯一、貴方を尊敬できないところだ。だから私は貴方の様にはならない。貴方と同じ選択はしない。
今日も一人、こっそり呟く。
「…………しあわせに、なるために…………。」
何気ないふり
少し見上げないと確認できない彼の顔。
私の歩幅に合わせて長い脚を弄びながら歩いてくれる所。
何時もお洒落な洋服。
太陽を反射してキラキラ輝く川の水面を背景に、彼の歩幅に合わせてふわふわ動く黒い髪。
丁寧な話し言葉の中に、偶にある乱暴な口調。
紳士的な態度。
ピンと伸びた背筋に、綺麗な所作。
私より年下のくせに、生意気に私を揶揄ってくるところも、そのくせ私の勇気を出した素直な気持ちにちゃんと照れてくれるところも、寝顔も、大きな手も、包帯だらけの身体も……。
挙げればキリがない程好きなところが溢れてくる。
彼にバレないように半歩後ろから眺めていたのが気づかれたのか、微笑みながら振り返る君。
「ふふ、見すぎ。」
赤くなった頬を斜陽のせいにして、何気ないふうを装って云う。
「君の髪の寝癖を見てただけだよ。」