高層ビルの屋上で
金網によじ登って
飛んでみた
ヒョイ、と スタート台から飛び込む水泳選手のように
意味はなかった
ずっと羨ましかった 翼のある生き物たちが
それだけ
地上にはもう
呪詛と呼ぶほどの怨みはなく
ふり返るほどの未練もない
ぐんぐん落下スピードを増して
吹き上げる突風が息苦しくて
翼みたいに両腕をひろげて
おなかにグッと力をこめて
空気を蹴って
羽ばたいた
飛行機が離陸するとき、いつも泣きそうになる
体は地上にしがみつくのに、心は解放を叫んでもがく
……すでに過去の話
白い翼が 青空にひらめく
くるくる旋回して
太陽めざして飛び上がって
真っ青な世界を
翔ける
どこまでも
空と海は溶けあって
もう、どこにも果てはなかった
#大空
#ベルの音
シロは、音楽隊の新入りです。
けっして聖歌隊のような花形ではありません。
けれど音楽好きがあつまって、熱心に練習をしています。
今夜は、村のお祭りです。
音楽隊も広場で演奏をするのです。
これはチャンスです。
音楽隊は「聖歌隊に入れなかったおちこぼれの集まり」と、あなどられているのですから。名誉をかけて、みんな本気です。
シロがもらったのは、レの音でした。
ハンドベルというのは楽譜にあわせてみんなで順番に音を鳴らしていく音楽です。シロの出番は少ないですが、音がひとつでも欠けたら完全な曲にはなりません。
シロにとって、はじめての舞台でもあります。
朝はだれよりも早起きして、夜遅くまで居残りして。いつもシロだけが遅れてしまうむずかしいパッセージは、とくに念入りに練習を重ねてきました。
夜。
お祭りの篝火のまわりで笑いあってお祝いしている仲間たちの輪から、シロはそっと、はなれました。
赤い衣装の、気どった聖歌隊たちの横も通りました。暗がりをこっそり抜けるシロの姿に、だれも気づきませんでした。
村のはずれの、丘のてっぺんまで来ました。
足をとめて、シロは頭上をあおぎました。
にぎっていたハンドベルを、夜空にむかって鳴らしました。
レー レー
レー レレーレ
遠くまたたく星の光が、たちまちにじんで見えなくなっていきます。
ぽろぽろ、涙があふれてきます。
レー レー
レー、レレーレ……
場違いな不協和音が、ギョッとシロを見た指揮者と仲間たちの顔が、よみがえってきました。
ちらちら、雪が降りはじめました。
レー、レー……
レー…… レレーレ……
ぽろぽろ、ぽろぽろ泣きながら。
まちがえてしまったメロディーを、ずっとずっと、鳴らしつづけていました。
まあるいガラス瓶にしっかり栓をして、
海の底へ沈んでゆきます
ガラス越しに見上げる夜の海は
頭上から月明かりがさして、
ガラス瓶のまわりの たくさんの気泡が
真珠色の光をやわらかく弾いて、
夢のように ぼんやり明るいのです
ガラス瓶はひっそりと 深く深く沈んでゆきます
月の光は、もうとどきません
岩陰をうごめく無数の影も、もう見えません
真っ暗な海の底で
冷たいガラス瓶のなかで
わたしの身体は 泡になってはじけたのです
『寂しさ』