「Red, Green, Blue」
赤、緑、青。
カクテルでもよく見られる色。
ただこの3色が一つのグラスの中で混ざることなく、
分離していたら。
不自然ではあるが、その不自然さも含めて、
美しいお酒と思えるだろう。
だが、混ぜたらどうだろうか。
具体的な色は想像できないが、
おそらく美味しくなさそうな色が出来上がる。
美しいお酒から、飲みたくないお酒へと
一気に降格する。
人間関係でも似たようなことが言える。
人と関わる前に
「私とあの人が混ざったら嫌な色になる」
といった想像をして、
自ら関わりにいくことをシャットアウトしてしまう。
私と混ざると嫌な色ができるアイツが嫌だ。
そう思ってしまう。
私の色まで汚れるような気がするからだ。
でも、きっと相手も美しい色を持っていて、
私も美しい色を持っている。
関わらなければ、分離してしまえば、
私の色は保たれる。
そう言った考え方をもった時から、
私は私の色を保てる「一人」を選ぶようになった。
そりゃそうだ。
私の色が、味が、最も馴染みがあって、
汚れる可能性が完全になくなるから。
そうやって「一人」を選び続けたら、
その色に慣れた目と味に慣れた舌が
物足りなくなるように、心が寂しくなっていく。
汚い色を避けることで、
私の色の価値が下がらないようにしてきた。
そうした結果、
見た目が汚い色でも味は美味しいお酒を私は知らない。
「一人」を選ぶということは、
自分を守ることでもあるが、
人との関わりで得られる「満たされる感覚」を
得られないということ。
それでも、私は「一人」を選ぶと思う。
汚くても美味しいお酒を知るより、
私が持つ一色の美しさ、お酒の美味しさを
どうしたら今より強く思えるか。
一番美しい見方、美味しい味わい方を
ずっと探している。
あなたの色は何色ですか?
私の心は青色です。
赤にも緑にも、私は混ざらない。
だから、こうして一人で書いている。
それでも、承認欲求は消えない。
だから、「ハート」という評価を求める。
承認欲求を満たすということは、
私でいうなら、青を一滴一滴、足すこと。
私は自分を一番美味しく味わって死にたい。
「フィルター」
心にはフィルターがかけられている。
そもそもフィルターってなに?
私には分からない。
心にあるフィルターを上手く言語化できない。
上手く言語化できないってなに?
そう突き詰めていったら頭がバカになる。
こうやって言葉を書きなぐる勢いで、
文字に起こしていくのがたまらなく気持ちいいが、
心の不可解さに悩まされる。
心から自然と流れてくる言葉をそのままに書くと、
意味不明な文章ができたりする。
対して、必死に言葉を考えて生み出そうとすると、
私の言語化能力の低さにため息が出る。
そうやって心、頭を上手く使いながら書く文章は、
私にとってはどちらも不器用な文章でしかない。
それは心にフィルターがかけられているからだと思っている。
そのフィルターとは、
人からよく思われたい、評価されたいといった欲求が強くなったが故の自分の心にかけられている「偽物」と呼んだらいいだろうか。
素直な気持ちを書きたいという願望があったとしても、
それは「素直」という偽物を引っ張ってきているだけで、「素直らしい言葉」に過ぎない。
ただ今書いていて、1つ分かったことがある。
それは書きなぐっていたら、自然と心を引き出す頭がついてくるということ。
書きなぐるというのは感情をぶつけるように文字に起こすことだと思っているが、感情をぶつけている人間を見ると、「人間らしい」と思うことがよくある。
文字に「人間らしさ」を宿すためには、書きなぐればいいのではないか。感情をぶつければ、「私という人間らしさ」が出るのではないか。そう思った。
フィルターというのは「人間らしさを隠すための偽物の自分」かもしれない。
私はここのアプリを先程、インストールしたばかりで、
さっそくこの文章を書いているが、ここではフィルターのない自分でいたいと思った。
だが、生きていく上でフィルターは付き物。
フィルターのある自分、フィルターのない自分。
どちらも美しいと思えるような感性がほしい。
そんなことを意識して生きられたら他人の美しさにも
もっと気づけるのかな。
まずは今日の「美しさ」に気づいてみようと思う。
今飲んでいるほうじ茶ラテの美味しさも
一つ、「今日の美しさ」だ。
上記を書いてから、数十分後の今。
テーマが1つじゃ足りないと思っている。
私が言語化したいという欲、
頭が心地よいと感じる疲労、
心のフィルターを感じにくいこの感覚。
全てが新鮮で面白い自分を形成している。
早く明日になってほしい。
また、文章を書きたい。
明日はどんなお題が待っているのだろう。
一日の楽しみってこういうところにも
転がっていたんだな。
まだまだ人生の楽しみを見つけていなさすぎかもしれない。
これからの人生も楽しめる可能性をこのアプリをきっかけに感じられた。
とにかく明日も書く。飽きるまで書く。
この創作意欲は非常に美しい。
創作こそ、私という人間らしさを詰め込むことができ、
フィルターをぶっ壊せる。もういいや。
フィルターってお題だけど、
この投稿を作っているうちにぶっ壊せてしまった。
謎の「お題に勝てた」という勝利感と、謎の優越感。
書くの楽しすぎるけど、ここで終わりにしよう。
今日書き足りないくらいで終わるのが、
明日も書きたいと思える。
今日生き足りないと思えるくらい、
人生謳歌したい。
よし、ほうじ茶ラテ、もう一杯頼むか。