生きてるうちにしかカレンダーはめくれない。
"カレンダー"
「……」
ザーッ__
塩水が波寄る音の背景に、打ち上げ花火の音が騒ぎ立てる。
〈だいぶでかいのが上がったな笑〉
〈花火綺麗ー!〉
〈見て!あれ星形になってる!〉
遠くから人の声が聞こえる。
『現在、4年振りの打ち上げ花火がこの海に打ち上げられました。皆さん、花火をどうぞ思いきり楽しんでいってください。』
嬉しそうな女性のアナウンスが響き渡る。
海の波紋が壮大に広がる。
「海…」
久しぶりにタンスの奥から出した浴衣と、綺麗に整えた髪型を満足気に見る。
「無駄にしちゃうな、」
海へと足を踏み入れていく。
『間もなく、スターマインです』__
騒がしいはずの外野の音が、私には聞こえなかった。
目に広がる景色は海の中の澄んだ青色。
手を伸ばしても、月は掴めなかった。
海の中から泡が吹き出していく。
私は、そっと目を閉じた。
瞼の裏には見てもいない打ち上げ花火が浮かんできた。
夜凪だった。
音が遠くなって、次第に意識も遠のいていく。
今目を開けるべきじゃないことはわかっていた。
「(浴衣…溺れずらい。)」
『△✕街、夜の海の打ち上げ花火を終了致します』
"夜の海"
「俺たち、もう別れよう。」
まだ裸のままの私に、彼は服をかけなかった。
"どうして?"そう聞くまでもなかった。
もう彼は私を抱こうとしなかったから。
ベッドが軋む。
「ホテル代は俺が払う。シャワーを浴びたらもう帰れ」
「…ええ」
そう言いつつ、私は自分の下着に手をかけた
「?シャワーは浴びないのか?」
「シャワーを浴びるより先に、貴方と離れたいの」
「…」
彼は沈黙した。
私は、服を着ると早々にホテルの玄関から出た。
彼が私を引き止めることは無かった。
1年後__
「お誕生日おめでとう。」
そう祝ってくれたのは、私の彼氏だった。
あれから1年。私はまた新しい彼氏ができた。
「ありがとう。でも、こんなレストランのビュッフェ高かったんじゃないの?」
「はは笑麗華さんは本当に大人だね。金額なんか気にしなくていいんだ。今日は麗華さんの誕生日だからね」
「あら、そう?じゃあお言葉に甘えて、今日は沢山食べちゃおうかしら」
私は生まれつきモテた。
肌も白く長身で、髪は黒髪ストレートだった。
韓国アイドルのスカウトも何度か受けたこともあるけれど全て断った。
当時の私には、アイドルなんかよりもっと大切なものがあった。
それは、1年前に付き合っていた彼氏だった。
私は、追うより追われるタイプだったし、昔から高嶺の花だと周りには言われていてあまり友人が居なかった。
それもあってか私の周りにはいつも男がいた。
必要ともしていないプレゼントや、高級フレンチ、沢山のアクセサリーや車。
これら全てを私はいつも周りの男に貰ってきた。
けど、1年前に付き合っていた彼はそうじゃなかった。
私がいくらデートに誘っても月に1度しかデートはしてくれないし、毎回フレンチじゃなくてラブホテルに連れていかれるだけだった。
彼は、私の体を気に入っていた。
私を抱いた後、毎回彼は私に言った。
「麗華は本当に美人だ。俺は麗華とベッドにいる時間が一番好きだよ。」
彼のこの台詞は、私の心に傷をつけた。
彼が好きなのは私ではなく私の体。
そう分かっているのに、彼の魅力にどうしても惹かれてしまう。
そしてあの日。別れを告げられた日。
どうせいつかはああなると思っていた。
いつものホテル、いつもの時間に私は彼に振られた。
初めて振られた感覚は、私を追うようにまだ残っている。
あの日から私は彼の顔を一度もみていない。
彼の声も、彼からの甘い言葉も、彼の匂いも。
私が最後に見たのは、彼の冷たい私への目線だけ。
もう一度、もう一度だけでも彼に会えたら…!
彼からまたベッドの上で「好きだ」と言ってもらえるかもしれない、
あと一度だけでいいから…!
1回でいいから…
『麗華さん。』
「あの!麗華さん?」
「っ…ああ、ごめんなさいね。少し考え事を…」
「いえ、大丈夫です。
麗華さんでもそんなに深く悩むことがあるんですね」
「あら、どういう意味かしら。」
「あいや、その!悪い意味では…」
「…ふふ、分かっているわ。
少し過去のことを思い出してしまってね。」
「なるほど…?」
「……もう今日は帰りましょうか」
「えっ!?いや、でもまだ…!」
「いいの。もう十分よ。ありがとう」
「いや、麗華さん、まって…」
「お金は私が支払っておくわ。楽しかったわ。」
「まって!麗華さん…!」
帰路___
「だめね、私。」
彼のことが頭から離れない。
もし、この世にタイムマシンなんてものが存在するなら、もう一度彼の声を聞きたい。
彼に、逢いたい。
〈……麗華?〉
「…え、、?」
もしかしたら、タイムマシンがなくても運命の人には出逢えるのかもしれない。
朝日の温もりより、人の温もりを感じたい人生だった。
透き通るような白い肌。
長くて艶のある黒髪。
二重でぱっちりした目。
小さくて高い鼻。
少し赤みのある頬と唇。
綺麗なフェイスラインの輪郭。
長くてスラッとした手足。
細くて綺麗な指。
本当に完璧だった。
「城崎華蓮です。1年間よろしくお願いします。」
前に出てきたとき、誰もが注目した。
透き通るような堂々とした声の自己紹介は、誰よりも印象に残った。
「隣の席だね。これからよろしくね」
私の目を見てハッキリと言った。
「よろしく、」
震えた声で返事をした。
〈次、早く前に出なさい。〉
私の番だった。
「立花杏奈です。1年間よろしくお願いします。」
私は、いわゆるギャルだった。
ギャルというか不良というか。とりあえず、あまり皆に好かれるようなタイプではなかった。
授業態度は最悪で、見た目も奇抜で派手で、性格も周りと少し違かった。
だから私はいつも孤立していた。
「杏奈ちゃんって言うんだね、可愛い名前。」
私が席に着いたとき、城崎さんがそう言った。
「あー、うん、そう。あんまり好きな名前じゃないけどね」
「え!そうなの?こんなに可愛い名前なのに」
私が私の名前が好きじゃないのは、酒カスのくそ親からつけられた名前だからだ。
「んー、まあ私の話は置いといて、城崎さんも名前かわいいよね。綺麗だし。」
「そうかな。でもありがとう」
素直にお礼を言う彼女に、どこか惹かれるところがあった。
「なんて呼んだらいい?」
「華蓮で大丈夫だよ。私はなんて呼んだらいいかな?」
「普通に呼び捨てで大丈夫。まあ、好きに呼んでくれていいけど」
「分かった!じゃあ杏奈、これからよろしくね」
「うん、こちらこそ華蓮。」
正直、すぐに離れるだろうと思った。
私に近づく人は、皆そうだったからだ。
私といるとチャラいと思われるとか、私が浮いてるように感じるから嫌だとか、そんな理由だった。
〈まず初めに、皆と話す時間をとります。
初めましてで緊張しているのは皆同じです。この50分間の間で、男女関係なく色んな子と仲良くなりましょう。〉
先生からの合図が出たあと、一気に皆が動き始めた。
「(皆もう話せてる、、)」
まだ席に座っている生徒は、私と、あまり目立つタイプではなさそうな生徒だけだった。
「(まあ、いつものこと。焦っても意味ない。)」
そう思って教室から出ようとした時。
「あの、」
「……はい?」
「もう少し、杏奈と話してみたい」
そこに居たのは、華蓮だった。
華蓮のその言葉に、一瞬揺らぎそうになったが彼女のすぐ後ろには何人もの女子生徒がこちらを見ていた。
きっと、彼女、華蓮と仲良くしたいと思って私と話し終わるのを待っているのだろう。
「…ごめん。私行かなきゃいけない場所があるから」
「そうなんだ、、分かった。じゃあまた後で。」
そう言ってくれた彼女の顔を見ることなく、私は教室から出た。
「んー、やっぱサボるには屋上が1番。」
正直、クラスメイトとは仲良くする気はないし、孤立するのには慣れていた。
「華蓮って子、あんな綺麗なのになんで私なんかに話しかけてくれるんだろ。」
彼女とはかけ離れている私という存在に、なんだか嫌気がさした。
「はあ……」
「ここに居たんだ。」
聞き覚えのある声が聞こえた。
「華蓮…!」
「ふふ、来ちゃった笑」
そう言いながら、綺麗な髪を耳にかけた。
「なんで華蓮がここに?」
「行かなきゃいけない場所っていうから、どこだろうと思って気になってついてきちゃったの。
途中で迷子になっちゃったんだけど、まさか屋上に居たなんて笑」
「そうだったんだ、、でも、大丈夫なの?」
「何が?」
「だって、華蓮と話したがってた子達にも迷惑かけちゃったんじゃないの?それに男子も絶対華蓮のこと気になってると思うけど。。」
「そんなことないと思うよ。笑実際、私より皆他の子に夢中で私なんか見てもなかったし。」
「そうなのかな、」
「そうだよ。だから、今は私と話そ?」
「んー、、分かった。」
華蓮と話している時間はあっという間で、そろそろ教室に戻らないといけない時間になった。
「じゃあそろそろ戻ろっか。」
私がそう言いながら後ろを振り向くと、そこには
「…あれ?」
誰も居なかった。
誰も居ないどころか、さっきまで人が居た気配すら感じることが出来なかった。
「へ、、?なんで…?どういうこと??」
私の理解が追いつかないまま、時間は過ぎていった。
キーンコーンカーンコーン___
1時間目が終了した。
静かな屋上に響き渡るチャイム。
「なんで、、」
ガチャッ!__
〈ちょっと!立花さん!何をしているの!!〉
「わっ…びっくりした、先生…」
〈あなた、さっきの時間からずーーっと1人でここに居たの!?サボったらダメでしょ!!〉
「いや、その…1人ではなくて、」
〈なによ、まだ他に誰かいるの?〉
「あの…城崎華蓮さんと二人で……」
〈……それ、他のクラスの生徒かしら?〉
「えっ…?いや、同じクラスですよ!」
〈同じクラスって…私のクラスにはそんな生徒、居なかったはずよ。〉
「…え?」
〈あなた、ひとりで怒られるのが嫌だからって架空の生徒の名前を言ったのね?〉
「いや!本当に違いますよ!!さっきまで本当に二人で話していて、、でもついさっき、後ろを振り向いたら急に彼女がいなくなっていて。。」
〈そんな嘘をついても無駄…〉
「うそなんかじゃないんです!!本当なんです信じてください!!!」
〈うっ……わ、わかったから落ちついて。本当なのね…?〉
「はい、、」
〈本当だとしたらそれは、つまり…〉
「ちょ、ちょっとやめてください!!私はさっきまで本当に普通に話してたんです!」
「そ、それに!自己紹介の時も居たじゃないですか!!見た目が綺麗で透き通った声が印象的な…」
〈そんな生徒、居なかったはずよ…?〉
「うそ、、どうして……」
「ハッ…待って、だからあの時…」
《次、早く前に出なさい。》
「私が前に出るのを急かしたのね。華蓮が自己紹介してからまだ全然時間が経っていなかったのに、どうしてそんな早く注意したのか疑問だった。それに……」
『彼女のすぐ後ろには何人もの女子生徒がこちらを見ていた。』
「あれは、華蓮と仲良くしたいからなんかじゃない。私が皆には見えていない存在と話していたからこっちを見てたってこと…?」
「いや、そんなはず……」
〈もしあなたが言っていることが本当なら、あなたにしか見えていなかった透明の存在ということね。〉
「……」
〈…まだそんなすぐに立ち直れることじゃないかもしれないけれど、あまり思い詰めすぎては駄目よ。
先生は先に戻っているわね。〉
「、、わかりました…」
先生が居なくなった後は、風の音しか聞こえない静かな屋上しか残されていなかった。
「華蓮が居ないなんて…」
仲良くなんかなれないと思っていた存在だったけれど、彼女と話した50分は空白なんかじゃないと思いたかった。
「…また、もし会えたらこの屋上でもう1回だけでいいから一緒に爆笑したい。」
届くはずもない言葉を、声に出した。
屋上から教室に戻るまでの道のりは、あまり記憶にない。
今、あれから3年が経った。
まだ、彼女には会えていない。
けどまたいつか会えることを信じて、透明な彼女を待ってみようと思う。
"透明"