わたしは月が好きだ。光量が丁度いい。
目全体から比較して黒目が大きいわたしの目には、少し太陽は眩しすぎるのだ。その分夜目もきく。
太陽ほど暑く明るくなくて、でも冴え冴えと気持ちの良い光を放つ月が好きだ。
しかしこの評価は雪が降ると一転する。
雪かきは腰を痛めているわたしにも家族にもしんどい。なのでお天道様にぜひ自然融雪していただきたくなるのだ。この時ばかりは太陽の力強い光がありがたい。太陽にエールを送ってしまう。人間とは都合の良いものである。
【太陽のような】
わたしが失った最も大きいものは、多分創作能力だと思う。どんなにつらい時でも創作に逃避したり、置き換えたりして生き抜いてきた。大うつ発作を起こした時も、自力でメンタルを立て直そうと創作に没頭した。
それがいけなかった。当時わたしは創作の相談を大事な相手にしていた。相手が就職後うつを抱えてしまっても、わたしは自分のうつに引っ張られて配慮出来なかった。結果、その人に全否定された。
ガラガラと世界が崩れた。わたしの拠り所は失われた。それまでの一生をかけて構築したものが、瞬時に消えて失くなった。
わたしはそこから立ち直れていない。今の創作能力はゼロに等しい。多分立てる日は来ない。
【0からの】
同情するより金をくれ、というドラマの台詞が世を席巻したことがあった。あれは家なき子、だったか。
わたしは同情されるような家に居たわけではないと思う。母はネグレクトのワーカーホリック教師だし、父は過保護・過干渉・過支配・過束縛のDV役人だったけれど、少なくとも金銭的には困らなかった。多分。
わたしはお小遣いもなく、お年玉は貯金の名目で取り上げられて新聞代と給食費に使われて、全く手元には戻らなかったけど。病気も怪我も怠け病と言われて通院すらままならなかったけど。親の世間体を守るために四大に行かされて学費も出して貰えたけど。
腐ったおかずばかり出された子供時代でも、飢えなかった以上、恵まれてはいたのだろうと思うのだ。
【同情】
実家の里山には某市民の森があって、ハイキングコースも充実していた。
コースにはなっていたが、むき身の土の道だ。
ぎゅ、と積もった枯葉を踏み締める。
じゅわ、と水分が靴の下で音を立てる。
きっと良い腐葉土になるのだろう。
そうして土に混じり、木を育て、森が維持される。
もちろん人の手も入っている。
綺麗に山を保つためには、人の手も必要なのだ。
【枯葉】
カンカン、カンカン、踏切が鳴っている。
僕の車椅子はレールに引っかかって、動きが取れない。
僕は歩けない。
非常停止ボタンは見えているけど、手は届かないし、そこまで辿り着けない。
踏切のバーがゆっくりと降りてきて僕を閉じ込める。
田舎の小さな踏切なので、周囲には誰もいない。
レール越しに列車が近づいてくる気配がする。
今、僕にできることは。
目を瞑って、現実を受け入れることだ。
さよなら、今日。そして、明日。
バイバイ、大切な家族と友人達。
【今日にさよなら】