梨の別称に「ありの実」という言い方がある。
梨が「無し」に転ずるため、縁起のよい言い回しがあるのだ。
だけど。
夕ご飯の後に梨が出た。
剥くのは小学生のわたし。
小さい頃から刃物の扱いに慣れろと言われて。
まだ、ピーラーもない時代。
一生懸命、皮を剥いて、六切りにして、芯をとって。
家族全員分剥いたら、手を洗って、やっとデザート。
「食べてもいいですか?」
「あんたの梨は無し」
ありの実、と言わなかったわたしの皿が、親に取り上げられる。
わたしはフォークを持った手を、虚しく下ろして。
親の笑い声が背後から追ってくるから、急いで食卓を去るのだ。
梨を見ると今でも思い出す。
日常茶飯事だったなあ、って。
【梨】
空を見上げて、ボクは鼻歌を歌っていた。
踏みつけられてぐしゃぐしゃになったカバン。
いっぱい汚い言葉が書かれたノート。
制服の背中にはきっと靴の跡。
腫れた頬がひりついて痛い。
でもね、ボクの学校には、いじめなんてないんだって。
ボクは帰り道の適当なビルにのぼった。
非常階段を一番上まで上がる。
空が、近い。なんて澄み渡った空なんだろう。
「ラララ、さよなら、世界」
ボクは鼻歌を歌いながら空に身を投げた。
【Lalala good bye】
出口のないトンネルを歩いている。
明けない夜はないと言い聞かせて、歩を進めるが、明けない夜はあるのだ。
どこまでも、闇しかない、苦痛の時間。
医師はわたしを、鬱状態であると診断した。
別の病気からくるものだから、寛解しても完治はない、とも。
どこまでも、どこまでも続く、出口のないトンネルを、歩いている。
【どこまでも】
ここは何処だろう。
引越しの翌日、慣れない足取りで地図アプリを頼りに足を進め。
スーパーはこの交差点を渡って右、と確認し、スマホをしまって信号を待った。
信号が変わり。
歩みを進め。
でも未知なる交差点はスクランブルだった。
渡って右、と向かった先に、スーパーがない。
右と定義づけられる道は複数あった。
これだから都会は怖い。
初めての街でわたしは早速遭難しかけていた。
【未知の交差点】
秋桜はこぼれた種で増えていく。
だから基本、多くの花が寄り添って咲いている。
わたしは寄り添う相手のいない、一輪の秋桜だ。
【一輪のコスモス】