「森宮くんって、本当に頭良くてかっこよくてなんでも出来るよね!」
なんでも出来る。
僕は才能と環境に恵まれていたから、今までの人生では何不自由なく過ごしていた。欲しいと言ったものは大抵手に入る。
なんでも出来る。なんでも手に入る。
でも、それはいい事ばかりではなくて。
僕はお金で手に入るものも、それだけじゃ得られないものも全部もってる。だから、よく言われるんだ。羨ましい、って。羨ましいならまだいいけど、たまに、お前ばっかりずるいって言われる。
僕はそんな言葉まで欲しくない。確かになんでもできるというのも素敵で、幸せな事だと思う。けど、僕は多少貧しくてもいいからみんなと一緒に話したい。話しかけてくれる人はいるけど、みんな僕を羨ましいだとか、そんなことばかり言う。僕はみんなが羨ましい。
みんなが僕に言う羨ましいが本当なら、人間はどこまでもないものねだりな生き物なんだね。
――ないものねだり
午前2時。寝静まった街に、がらがらと窓を開ける音が響いた。
「やっぱり起きてた」
なかなか寝付けず暗闇に慣れていた僕の目はすぐその姿をとらえる。映ったのは、隣に住む、僕が十年前ここに越してきた以来の幼なじみ。ここ最近、夜中に僕の部屋の窓を開けて話しかけてくる、迷惑なやつだ。
「……何しに来たの」
「また今日も夜更かししてんだろうな〜って」
そうあけすけに笑う。夜更かしなんかじゃ、と反抗の言葉も夜の静けさに負けて言い淀んだ。でもまあ、半分くらいは夜更かしだし、言い返すことも無い。
会話がうやむやになって時が止まる。そんな静寂を破るように、その幼なじみは言った。
「行きたい場所あんだよね」
眠れないのなら一緒に、と続ける。
僕らはまだ15才。みんな寝てるとはいえ、バレたら補導対象だ。そんなリスク背負ってまでこいつに付き合ってやる義理もない。
だから僕は断る。
「なーんだ、眠れなくて退屈そうだから誘ってあげたのに」
「余計なお世話」
ぷーっと拗ねた顔をして僕の方を見る幼なじみ。そんな顔をしても何も変わらないからな。そんなおねだり♡みたいな目で見てきても変わらないからな。
何も、何も変わらないから……。
「一緒に行きたかったんだけどなあ」
「わかった、少しだけなら」
「ほんと?やった」
寝巻きにパーカーを羽織って、靴だけとって窓から出た。お互い自転車に乗り、夜の街に走り出す。
もうすっかり夜は冷え込む。向かい風でぶるっと身震いをした。
隣の見るからに薄着の人間は大丈夫だろうか。
「寒くないの?」
「めちゃめちゃ寒い」
「馬鹿……」
自転車を止めて、自販機であったかいコーンポタージュを買う。
冷えた指をぴったりくっつけて暖を取る幼なじみ。僕はポケットに缶を入れて、じんわり体が温まっていくのを待った。
もう大丈夫とにこやかに笑った顔がうっすら浮かんだ。
「じゃ、この坂のぼろ」
この坂というのは、今目の前にある坂。ちょっと急で、まあまあ高い坂。自転車で登るには危険だけど、幼なじみは当たり前のように自転車を走らせてのぼり出した。戸惑いながら、自分もそれに続くようにペダルを漕ぐ。そりゃ初めこそ躊躇いはあったけど、案外踏み出してみると怖くなくて、ちゃんと漕げる。
「やっと着いた……」
「いい運動でしょ」
いい運動の範疇を超えてるんだよ。息を切らしながら僕は音を上げる。
ふーっと深呼吸をして顔を上げると、大きな満月が見えた。あまりの美しさに息を飲む。
「今日、スーパームーンだって」
「へぇ……」
「ここならよく見えるでしょ?」
明るくて真っ白な月。闇から眺める光は、眩しい。なのに、優しくて、痛くなくて、綺麗だ。
「……月が綺麗ですね」
思わず飛び出した言葉に、顔を真っ赤にしながら狼狽えた。どう思われるか、なんて言われるか。今あるのは大きな不安と、30パーセントの期待。心臓の音がはっきり分かるくらい、高鳴っていた。
早く返事を返してくれ。早く、どんな返事でもいいから。いや、でも本当は――
「死んでもいいなあ」
「…………え?」
「ははは」
笑って誤魔化された。
実は、ここ数日、夜に幼なじみが来るのを密かに楽しみにしていた。夜あまり寝付けない僕は暇を持て余して、それこそさっき言われたように退屈で。そんな中話し相手ができたのを、僕はちょっと嬉しいと思ってたりするんだろう。
それで、もしかしたら、いや、やっぱり、僕が嬉しいのは話し相手が出来たことではなく、幼なじみが話し相手になってくれることなのかもしれなくて。
なんだか気恥ずかしくなって、咄嗟に携帯を取り出し、いじるふりをした。
「もう3時」
「はっやいね〜」
「そろそろ帰ろ」
僕は自転車の方へ歩き出し、幼なじみに背を向ける。
最後にもう1回確認したかったから。
すると、幼なじみは僕の肩を叩き――
「もうちょっとだけ見てよーよ」
「…………しょうがないな」
また少しだけ、月を眺めていた。
……明日もまた、窓の鍵を開けたまま寝よう。
夜明けまでには帰ろうと、今度は2人自転車に跨る。
躊躇なく坂を下りはじめた幼なじみに続いて、また僕も坂を下った。ブレーキは踏まず、強い風を浴びながら下っていく。不思議と怖さなんてなかった。
「すずしいな」
スリル。なんとも楽しい恐怖感。
――スリル
(ぎゃー。ちゃんとお題に沿って書いてったつもりがほとんど関係なくなってしまった。ごめんなさい。)
僕は、翼を持っている。
広大な世界へ飛び立てるくらい、それはもう立派な翼。陽の光を受けるときらきら輝いて、ばさばさと大きな音をたてて羽ばたく翼。
人はみなその翼に見惚れて、僕を求める。
盲目な大人たちに従順であった僕は自分の翼に殺された。
今は電気を消した病室にただ独り。毎夜横になったまま外を眺める。窓の向こう側はまた暗闇。
「なにが翼だ」
虚に響く。
――飛べない翼