雨夢 歌桜 AMANE KAO

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3/23/2026, 10:01:19 PM

特別な存在

月冴えて (5)
君だけがいる (7)
夜の底 (5)

雪舞う日 (5)
君の吐息だけ (7)
特別だ (5)


世界中 (5)
1人だけ君が (7)
特別で (5)
それ故に怖い (8)(一字余り)
夜の電話口 (8)(一字余り)

誰一人 (5)
代われぬ存在と (9)(二字余り)
知りしとき (5)
手のひらに落ちし (8)(一字余り)
星の重さかな (8)(一字余り)

2/25/2026, 11:41:16 AM

「物憂げな空」

11月の終わり、札幌の空は灰色を何層にも重ねたような色をしていた。雪はまだ本気で降っていないけど、いつ降り始めてもおかしくない、そんな空気感が街を包んでいる。
千歳線のホームで、詩織(しおり)はマフラーを顎まで引き上げて立っていた。電車が来るまであと10分。スマホの画面を見ても特に見るべきものはなく、ただ指が無意識にスクロールを繰り返すだけだった。

隣に立っていた女子高生が、突然小さな声で呟いた。
「今日、なんか空が重いよね」
詩織は一瞬びっくりして顔を上げた。見ず知らずの相手に話しかけられたこと自体久しぶりだった。
「うん…なんか、息苦しいっていうか」
詩織はそう返しながら、自分でも驚くほど素直に言葉が出た。

少女は少しだけ笑って
「私、こういう空の日は大抵、誰かに会いたくなるんだよね。でも結局、誰もいないんだけどね」

その言葉が妙に私の胸に刺さった。
詩織は、別れた恋人の最後のRAINを未だに消せずにいることを思いどした。
「ごめん、もう無理かも」それだけだった。

「私も、会いたい人いるんだけどさ、でも、会えないってわかってるから、余計に空が重く感じるのかも」詩織は小さく吐息を吐いた。

少女は少しの間黙って空を見上げていた。灰色の雲の隙間から、ほんの僅かに青が覗いている。でもすぐにまた別の雲が流れ込んですぐに隠れてしまう。

「ねぇ」少女が急に言った。
「今からちょっとだけ、知らない誰かと一緒にいていい?すぐ電車来ちゃうけど、その間だけでいいから」
詩織は驚いて少女を見た。制服のスカートから伸びる細い脚が、寒そうに少し震えている。
「…いいよ」詩織は小さく頷いた。
それから2人は言葉を交わさずに並んで立っていた。
電車の到着を知らせるアナウンスが流れ、ホームの端に風が吹き抜ける。少女の髪がふわりと舞い上がり、詩織の頬をかすめた。

電車がホームに入ってくると、少女は小さく手を振った。
「ありがとう。ちょっとだけ、軽くなった気がする」
詩織もぎこちなく手を挙げて返した。
電車が動き出し、少女の姿が窓の向こうに消えていく。
詩織はまだホームに残ったまま、もう一度空を見あげた。

さっきよりほんの少しだけ、灰色が薄くなっている気がした。いや、気のせいかもしれない。でも今は、それで良かった。

物憂げな空の下で、知らない誰かと、たった数分の間、同じ重さを共有できたということ。
それだけで、今日はもう十分だった。

(完) 雨夢 歌桜

2/24/2026, 12:26:07 PM

「小さな命」

雨がやっと止んだ牛後、駅前の歩道橋の下で、段ボールがひとつ、ぽつんと濡れていた。近付いてみると、中から小さな、かすかな鳴き声がした。
「にゃぁ...」
段ボールの隙間か隙間から真っ黒な子猫が一匹、震えながら顔を出した。まだ目もちゃんと開いていないような、とても小さな子だった。
片方の耳が少し欠けていて、尻尾はほとんど毛がなく、ピンクの皮膚が向き出しになっていた。
私はカバンからハンカチを出して、そっと子猫を包んだ。冷たかった。とても冷たかった。
家に連れて帰って、すぐにお風呂に入れてあげた。シャワーのお湯をいちばん弱くして、そっと体を温める。子猫は最初、怯えて体を丸めていたけど、だんだんリラックスして、私の手のひらの中で小さく呼吸するようになった。

ミルクをスポイトで少しづつあげると、ごくん、ごくんと喉を鳴らした。その音がやけに愛おしくて、胸が締め付けられるようだった。

獣医さんには「生きる可能性は極めて低いです。内蔵がかなり冷えてほとんどの機能が停止してしまっているし、栄養失調もひどい。正直、奇跡が起きない限り…」先生はそこで言葉を切った。

私は奇跡を信じて、毎晩三時間おきに起きてミルクをあげ続けた。仕事も休んで、LINEもほとんど見なかった。ただ、その小さな命が、朝まで息をしているかどうか、ただそれだけが大事だった。
ある夜中、いつものようにミルクをあげようとすると、子猫が初めて、弱々しく前足を伸ばして、私の人差し指を掴んだ。爪もほとんどない小さな前足だったけど、確かにぎゅっと握られた。その瞬間、波土が止まらなくなった。

「ごめん…ごめんね」

ずっとひとりで耐えてたんだね、ごめんね、と何度も何度も謝った。

それから三日目の朝。子猫は初めて「シャー」と小さな威嚇の声をあげた。私が近づきすぎたからだ。けど、その声が、すごく嬉しかった。
私はその子の名前を「クロ」と名付けた。在り来りだけど、それしか思いつかなかった。

クロは結局、生き延びた。
目は開き、耳は少しづつ毛が生えてきて、しっぽもふわふわになってきた。歩けるようになって、走れるようにもなって、ある日、私の膝の上で初めてゴロゴロと喉を鳴らした。

クロは今でも、雨の日は必ず僕の膝の上に乗ってくる。欠けた耳をビクビクさせながら、じっと僕の顔を見る。まるで言っているみたいに。
「大丈夫だよ、もう独りじゃないよ」って。

私はそっと、クロの小さな頭に頬を寄せる。

ありがとう、小さな命。
生きててくれて、ありがとう。

(完) 雨夢 歌桜

2/23/2026, 11:10:01 AM

「Love you」

夜中2時。とあるコンビニの駐車場に一台の軽自動車が止まっていた。エンジンは切れているのに、ヘッドライトだけが点灯したまま。
まるで「まだ帰りたくない」と主張しているみたいだった。

運転席に座っているのは、20歳の真衣香(まいか)。
膝の上にはスマホ。画面には、2時間ほど前に送ったまま既読がつかないメッセージがひとつ。

「Love you」

たったそれだけ。絵文字も句読点もつけなかった、裸の言葉。
真衣香はもう何度目か分からないのに、また画面を下にスワイプして、上にスワイプしてを繰り返す。既読はつかない。24時を過ぎてから、一度も動いていない。
隣の席には、さっき買ったストローが刺さったままのアイスコーヒーが転がっている。氷が溶けて、コップの底に薄い茶色の水溜まりができていた。

「…もういいよね」

自分に言い聞かせるように呟いたその声は、思ったよりも震えていた。
真衣香はスマホを助手席に放り投げた。投げた瞬間、後悔した。
画面が点灯して、通知が光った気がしたから。
慌てて拾い上げる。でも何も来ていない。ただロック画面の時計が、2時30分を示しているだけ。ため息をついてシートを倒す。
「Love you」って、いつからそんなに重い言葉になったんだろう。
昔は友達同士でも軽く言ってたのに。RAINの最後に「♡love u」なんて送ってた。けどそれが今は、まるで拳銃の引き金みたいに怖い。

真衣香は目を閉じた。まぶたの裏に、去年の夏の記憶が再生される。

海沿いの道をふたりで運転していた夜、信号待ちで彼が急に「真衣香ってさ、俺のこと好き?」って聞いてきた。
真衣香は照れ隠しで「は?なに急に」って笑った。
すると彼は少し寂しそうに、けど優しく、「俺は好きだよ。love you」と言った。その時の「love you」は、風船みたいに軽く、夏の夜の匂いがした。今はもう、その風船は萎み、タイヤに踏まれ、黒ずんだゴミみたいになっている。
スマホが震えた。真衣香の心臓が一瞬止まる。
恐る恐る画面を見ると、通知は「電池残量15%」だった。
「…はは」
乾いた笑い声が漏れた。
真衣香はそのまま、スマホの電源ボタンを長押しした。
「電源を切りますか?」の表示が出る。
指が止まる。3秒……5秒……。結局、キャンセルした。
代わりにRAINを開いて、さっきの「Love you」の下に、追記した。
「…嘘でも…良かったのに」
未だ既読はつかない。

真衣香はシートを起こし、エンジンをかける。ヒーターの温風が、冷えきった指先に触れた。アクセルをそっと踏む。
車が動き出す瞬間、真衣香は小さく呟いた。
「Love you」
今度は誰にも聞こえない声で。自分自身に向けて。そしてもう戻らない誰かに向けて。
駐車場を出て、国道の街灯の下をゆっくり走りながら、真衣香は思った。

いつかまた、「Love you」を軽く言える日は来るのだろうか。

いいや、来なくてもいいのかもしれない。

だけど今はまだ、この言葉は捨てることができない。

(完) 雨夢 歌桜

2/22/2026, 12:23:33 PM

「太陽のような」

午後2時。カーテンの隙間から差し込む光が、テーブルの上のコーヒーカップに細く、白い線を描いていた。

「ねぇ、流歌(るか)」彼は静かに言った。
「今日、太陽みたいに明るいね」

私はいつものように笑った。でもその瞬間、背筋の奥に小さく、かつ鋭利な氷の針が刺さったような気がした。

彼の名前は真斗(まさと)。付き合ってだいたい2年になる。優しく、几帳面。「太陽みたいだ」と、何度も言われた。
最初は照れくさくて嬉しかった言葉だったが、いつからか、少しづつ重くなっていった。昨日の夜もそうだった。
「流歌って、本当に太陽みたいだよね」
電気を消したくらい部屋で、彼は私の髪を指でうそぶきながら呟いた。
「眩しすぎて、近くにいると目が痛くなるくらい」
私は、「大袈裟だよ」と笑って誤魔化したけど、その声がいつもより低くて、少し掠れていたのを私は聞き逃さなかった。

そして今。彼はテーブルの向かいに座ったまま、じっと私を見ている。

「流歌、太陽ってさ、ずっと見つめてると失明するって知ってる?」

心臓が一瞬、大きく跳ねた。

「だから人は、太陽を直視しないんだよね」彼は微笑む。いつもの優しい笑顔。
「たまにチラって見て、すぐ目を逸らす。それが正しい距離なんだ。」
私はカップを手に持ったままで動けなくなっていた。
「でも俺、ずっと見てたんだ。」彼の声が一段低くなる。
「流歌の笑顔、泣き顔、誰かと電話してる時の声も、寝てる時の寝息も、全部。眩しすぎて、もう目がおかしくなったみたい」

その瞬間、テーブルの下で何か、金属が小さくカチリと鳴った。
私は反射的に立ち上がろうとした。でも足が動かない。いや、動かせない。視線を落とすと、私の右足首に、細いワイヤーみたいなものが巻きついているのが見えた。テーブルの脚にしっかり固定されている。

「いつから…?」声が震えた。
「3週間前からかな、流歌が俺以外の誰かと笑ってる写真を見た日から。」彼は穏やかに答えた。

頭の中の記憶が急速に駆け巡られる。
〜3週間前。職場の飲み会の集合写真。同期の男が私の肩に手を置いて、ふざけてピースしていたあの1枚。〜
「あれ、ただの…」
「知ってるよ。」彼はそう言って私の言葉を遮って続ける。
「知ってるけど、でも、見てしまったものは消せないんだ。」

真斗はゆっくりと立ち上がり、ポケットから何かを取り出した。小さな黒い円形のもの。レンズの部分が、鈍く光った。
「これ、太陽の光を集めるレンズなんだ。昔の実験で使ってたやつ。太陽光を一点に集めると、紙が一瞬で燃えるんだよ」と、彼は囁くように言った。
彼は私の顔のすぐ近くまでレンズを近づけてきた。窓から差し込む光が、レンズの中で歪んで、私の瞳に白く、小さな太陽を作り出した。
「流歌は太陽みたいって、ずっと言ってきたよね。」
彼の声がすぐ耳元で響く。
「だったら、最後まで太陽でいてよ」
レンズがさらに近づく。白い光がだんだん熱を帯びていく。
私は叫ぼうとした。でも喉が凍りついて声が出なかった。

その時、玄関のチャイムが鳴った。真斗の動きが一瞬止まる。

もう一度、ピンポーンと鳴る。
「…誰?」彼が小さく呟く。
「助けて!」私は全身の力を振り絞り、掠れた声で叫んだ。

一瞬の静寂。そして、ドンッ!という大きな音と共に、玄関のドアが蹴破られる音がした。
「警察だ!動くな!」
光がレンズから逸れた。真斗の手から滑り落ち、床に転がった。

私は泣きながら、ただ震えていた。

駆けつけた警察官のひとりが、私の足首のワイヤーを切ってくれた時、ようやく彼の言葉が耳に届いた。

「流歌…眩しすぎたんだ…」

床に落ちたレンズが、まだ小さな太陽の光を、静かに反射していた。

(完) 雨夢 歌桜

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